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 ←7話 ノケモノの二人 →9話 【企画会議2】ゆるキャラ
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青春アメとミエナイ彼女

8話 あんなことがあったのに

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chapter.2


 下手を打った。間違いなく。
 これから一年間同じゼミで過ごさなくちゃいけない相手に、俺はとんでもない失言をぶちまけた。赤っ恥もいいところで、頭を壁に打ちつけて失言部分の記憶だけを消せるなら間違いなくそうしていた。
 果たして、智幸との一連の出来事を他人が聞いたらどう思うだろうか。
「ぷははははっ、あははははははははっ!」
 結果、海は腹を抱えて笑っていた。大学の通路に爆笑が響いてほかの学生が何事かと訝しんでいた。
「おいっ、笑いすぎだぞ」
「いや、ごめん、馬鹿にしてるとかじゃないんだ。だって、説教しようと思ったら告白してたなんて聞いたのはじめてで、ぷっ、あはははっ!」
「こ、告白じゃない! 告白みたいなニュアンスのセリフだ!」
「大差ないよそんなの。君島さんに可愛いって言うだけならともかく、一目惚れしたって言ったんでしょ。一目惚れって、あはっ、やばっ、お腹痛い、ひぃー」
「だから笑いすぎだぞ!」
「あはははっ、ごめんごめん。あ、やめて小突かないで、あははっ」
 腹が立って海の横腹に肘鉄をくらわした。この野郎、他人事だからって愉快そうに笑いやがって。
 君島との一件から、ちょうど一週間経った。
 あの日から今日まで俺は授業もバイトも手がつかず、屋上でのトンデモ発言を思い出しては顔を真っ赤にして「うわああああ!」「うぎゃあああああ!」とのたうちまわる毎日を送っていた。
 このままひとりでため込んでいると気が滅入りそうで、ゼミがはじまる前に海を捉まえて相談に乗ってもらおうと思ったのだ。
「ごめんごめん。もう笑わないから」
「本当か、本当だな。いまから俺が話すこと一言一句笑わうなよ。絶対に笑うなよ。フリじゃないぞ」
「わかったわかった。それじゃあ襟を正して改めて聞くよ。僕に相談ってなにかな?」
「それは、その……」
 いざ正面から聞かれると歯切れが悪くなる。
「なんつーかな……。俺、あんなこと言っちゃって、その、だからつまり、相手からしたらどう思われてんのか気になって」
 想像がまるで及ばなかった。
 あんなことを口にしたの、はじめての経験だったんだ。
 もちろんだれかを好きになったことはある。けれどそれはガキの頃の話だ。歳を重ねるにつれて「学業」と「仕事」に比重が傾いた。手持ちの空きスロットはそれらですべて埋まり、「恋愛」が入る枠はなかった。大事なのは卒業までの単位と今月どれくらい金が入るかということで頭はいっぱいだった。だから異性の見えない気持ちを推察するとか、そういった能力は欠落している。
 端的に言えば、疎いのだ。
「僕はその場にいたわけじゃないから、僕の意見なんてあまり参考にならないと思うけど」
「それでもいい。海の意見を聞かせてくれ」
「そうだね。僕が女の子だったら、限りなく――」
「限りなく?」
「意識はするよね。だって一目惚れしたって言われたんだから」
 くらっと目眩がした。
「俺、なんてこと言っちまったんだよ……。バカだ、大バカだ」
 ゼミの教室が近くなっていると思うと足取りが重かった。一歩進むたびに心臓が痛くなる。
 あの屋上の出来事から今日まで一度も智幸とは会ってない。奇跡的に履修している授業がどれもかぶらなかったのだ。けれど今日のゼミだけは避けられない。これから俺は一週間ぶりに智幸と顔を突き合わせることになる。
「海、頼みがある。企画書を渡すからみんなに渡してきてくれ。俺は帰る。じゃあな」
 逃げようとしたら海にがっちり腕をホールドされた。「授業をサボるのは感心できないね」
「ど、どんな顔をして君島に会えばいいかわからねえんだよ!」
「笑えばいいと思うよ」
「やかましい!」
 火がついたように顔が熱い。まだ智幸に会っていないのに、自分でも頬が赤くなっているのがわかる。ドクドクと心拍数が上がって、心臓が必要以上に血液を送り出して循環を早めている。本人を目の前にしたらどうすんだよ、これ。
「あの日の屋上のこと、君島にネタにされて馬鹿にされたらしばらく立ち直れねえぞこんちくしょう!」
「なに少女漫画のヒロインみたいに恥ずかしがってるのさ。ほら、さっさと行くよ」
「だって、だってさ! 俺と会った君島がどんな反応するかわかんねえじゃん。いや、たぶん馬鹿にする。君島はいじわるな魔女みたいにキヒヒって口角つり上げて馬鹿にしてくるに違いない」
「相変わらず卑屈だなぁ、九は。けどそうだね、君島さんが九を見てどんな反応するのか、気にはなるね。パターンとしてはいくつかありそうだけど……」
「どんなパターンだ?」
 例えば、と海はまず右手の人差し指を立てた。
「考えられそうなケースその一は――断るんじゃないかな。告白してくれてありがとう、でも、その気持ちには応えられません、ごめんなさい。みたいな感じで」
「帰る! いますぐ帰る!」
「待った待った! まだ話は終わりじゃないから。ちゃんと最後まで聞いて」
 暴れ馬みたいにじたばたする俺を落ち着かせ、海は次に中指を立てた。
「別の考え方としては――君島さんは屋上でのことを大して意識してなかったり、とかね。さっき僕は意識するって言ったけど、君島さんの場合は違うかもしれない。案外、何事もなかったように普段通りにしているかもしれないよ。九が告白だと思っていないように、ひょっとしたら君島さんもさほど気にしていない」
 気にしてない、というのはあるのだろうか。
 屋上での映像は俺のフィルムに刻まれて一週間経ったいまでも克明に思い出せる。君島の場合だって鮮烈に記憶しているんじゃないだろうか。時間とともに薄れていって、やがてなかったことになって、俺を前にしても普段通りでいるなんてあるのだろうか。
「それで最後のケース、僕が女の子ならきっとこう思うんだけど――」
 海は微笑んで三本目に薬指を立てた。
「――純粋に、嬉しい」
「嬉しい?」
 予想外の答えに思わず俺は聞き直した。
「だってそうじゃない? 付き合うかどうかはとにかく、一目惚れしたってことは自分のことを気に入ってくれたわけでしょ。女の子として見てくれて、自分の魅力のどこかに惹かれてくれた。それって悪い気にならないでしょ。僕が女の子なら嬉しいよ」
 海は立てていた三つの指を下ろして結論を下した。
「けど、いま挙げたケースはあくまで僕の想像。君島さんはそうじゃないかもしれない。別の考え方を持ってるかもしれない。だから結果として僕が言えることは、わからないってこと」
「なんだよそれ。俺と変わらないじゃないか」
「そうだよ。僕だってたかだか二十年しか生きてないガキなんだよ。恋愛わかったような顔なんてできないよ。わからないから、わかりたくて、相手を知ろうとするもんなんじゃないかな。不思議だね。相手の目も、耳も、口も、体は見ることができるのに、心だけ見えないなんてさ。僕は有神論者ってわけじゃないけどさ、もし神様が人間を造ったっていうならどうしてこんな複雑にしたのか、九は考えたことある?」
「さあな。俺が考えたことあるのは、神様はどうして時給をもっと上げてくれないかってことぐらいだ」
「僕はこう思うんだ。――大切なものは目に見えない、からだって」
「『星の王子様』だったな。大切なものは目に見えないってのは」
「正解。へえ、ちょっと驚いたよ。九がサン=テグジュペリを知っていたとは」
「ありゃ有名な話だ。ガキの頃にだれでも読むだろ」
 覚えていたなんて立派なものじゃない。小学生の頃、国語の授業で『星の王子様』の一節を暗記させられて頭の中に染みついているだけだ。
「『星の王子様』の言葉を借りて考えると、心は大事なものだからあえて神様は見えないように造ったんじゃないかな」
「……見えない」
 心。精神。目に見えない世界。手に取ることも視認することもできないくせに、辞書を開けば気刻まれている文字列。ないのに、ある。そう、あるのだ。以前俺は、そういった世界を観たことがある。
「さて、心の話になったところで、僕が気になるのは九の気持ちだよね」
「俺?」
「君島さんの気持ちも大事だけどさ、それ以上に九はどうなの? 君島さんのことどう思っているの?」
「俺は――」
 どう思ってるんだ、俺?
「…………」
 あれ、と顔を傾げる。
 自分でもよくわからなかった。
「……さあな」
 どうと言われても困ってしまう。まだ出会って間もないやつのことなんて、考えたところで出る答えなんて、曖昧で、グレーで、霞がかったようにあやふやなものにしかならない。
 ただ、胸の奥の核の部分に、ひとつだけはっきりしている感情があった。
 あいつが俺と同じだと共振した理由。
 あいつが普通じゃないと言ったわけ。
 それは気になる。
「着いたね、教室」
 気づけばゼミ教室前まで来ていた。目の前のドアを開ければ、おそらく智幸がいる。
 一度深呼吸して、入室前に自分の身なりを確認する。白いシャツの上にはネイビーのショールカーディガン。下はベージュのカーゴパンツ。靴は黒のブーツ。
 ……普通の大学生っぽい、よな。
 だいじょうぶ、と自分に言い聞かせて心拍数を落ち着かせる。ゆっくりドアを開ける。教室内に入ってほかの班の連中と挨拶を交わしつつ、意識は別のところを彷徨っていた。
 ――いた。
 智幸の亜麻色のショートは際立っていた。前のほうの席に座っていて、すでに到着している真季とセットだった。真季は相変わらず大げさに身振り手振りしながらテレビドラマの話をしているみたいで、一方で智幸は頬杖をついて興味なさげだった。
「お、海ちゃんと九ちゃん見っけ! こっちこっち! バッチこーい! ピッチャービビってるぅ、HEYHEYHEY!」
 最初に俺たちに気づいたのは真季だった。挨拶というよりどこぞの少年野球の応援で、オーバーリアクション気味に腕をぐるんぐるん回している。
 そして――智幸がこちらに振り向いた。
 ダックスフンドのような彼女の瞳に俺が映る。緊張が走って自分の顔面の筋肉が強張ったのがわかった。
「あ――」
 声を漏らしたのは俺だ。
 智幸を前にした瞬間、のどにあった息が凍りつく。
 頭の中が空っぽになった。しまった。なんて言えばいいかわからない。いまさら第一声を決めていなかったことを悔やむ。のどがカラカラに渇きはじめた。声を出した瞬間なにを言っても噛んでしまいそうだ。
 ちくしょうなにやってんだと俺が焦りに唇を震わせていると――
「なんだ、今日はヤマト男子じゃないんだ」
 一週間ぶりに聞いた智幸の第一声は、流暢さすら感じさせるほどの生意気な口ぶりだった。
 ……あれ、いつも通りだ、こいつ。
 相変わらず小憎たらしい微笑は、気がかりだった。
 屋上でのことがあったのに平然としている?
 海が言っていたように大して気にしていないのか? 俺が変に意識しすぎなだけ?
 目の前の智幸は本当に屋上で会った君島智幸なのだろうか、そんな馬鹿げた疑問すら浮かぶ。
 彼女は記憶を失くしたのかってぐらいに落ち着いている。さすがに一週間前の出来事を忘れることなんてない、よな……。
 あまりに智幸の態度が平然としていて、なんだか木の棒みたいに硬直している自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「これが俺の普段通りの服装だ」
 声が、出る。
 自然と口から流れる。
「次はいつヤマト男子になるのかな」
「学校じゃもう着ないからな。ヤマトの制服姿で君島の前に現れることは金輪際ない」
「そうとも言えないんじゃないかな。だって私のところに荷物運ぶこともあるかもしれないでしょ。私が住んでいるところ大学の近くだよ」
「大学付近は俺の配達区域じゃねえよ」
 智幸は表情も喋り方も力みはなく、まるで一週間前の夜なんてなかったみたいな接し方だ。
 ――私も、普通じゃないよ。
 じゃあ、あれはなんだったんだろう?
 冷たい雨に打たれる俺に傘を差してくれたのも、なかったことになるのだろうか。

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