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 ←6話 驟雨 →8話 あんなことがあったのに
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青春アメとミエナイ彼女

7話 ノケモノの二人

 ←6話 驟雨 →8話 あんなことがあったのに


 夜風に乗って届いたその声音は、俺の視界に色と輪郭を与え、ズキズキと胸に突き刺さる痛みを遠のかせた。
 不意打ちみたいに呼び止められて、俺は立ち止まる。
 辺りを見回す。走りついた先は、どうやら五号館の屋上だった。
 屋上は空中庭園みたいになっていて、ちょっとした花壇やベンチが備え付けられている。周りを見渡せば東京ドームを中心とした大都市の光源があり、黒の絨毯に極彩色のビーズを散りばめた幻想的な世界が広がっている。
 そんな壮観なパノラマを背後に背負っている人間が、いた。
 この屋上に、たったひとりだけ。
「君、島……」
 体が熱い。ハッ、ハッ、と舌を出した犬みたいに呼吸が乱れている。地球の天井から夜の静謐さが下りてきてバクバクうるさい自分の心音が聞こえる。
 智幸はベンチに丸まるようにちょこんと体育座りして、イヤホンを耳にはめてなにやら聴いていた。片手に三ツ矢サイダーを持っているその姿は、青春をテーマにした飲料水のCMに起用されてもおかしくないほど画として映えていたが、突然、俺が現われて驚いたのか飲み物をこぼしそうになっている。
 俺だってびっくりした。なんで。どうして。帰ったんじゃないのか?
「どうして、君島がここに……?」
 智幸は携帯から繋がっていたイヤホンを耳から外して、答えた。
「休憩、だよ」
「休憩?」
「君たちといて疲れたから。一休みしてから家に帰ろうかなって。ホント、みんな騒がしくて疲れるよ」
 やれやれと肩をすくめて、三ツ矢サイダーのキャップをしめる。
「聞きたいのはむしろこっちだよ。どうして三浦くんがここに? しかもなんかすごい勢いで走ってきて……びっくりしてちょっとサイダーこぼしちゃった。もう」
 ドキリとした。やばい、バカみたいに走ってたとこ見られてる。俺いま、くしゃくしゃで情けない顔してるんじゃないか。焦って服の袖で顔をごしごしと拭く。
「あ、いや、えっと……と、トレーニング」
「嘘でしょ」
 ソッコー看破された。
「嘘つく男の人って最低だと思うけど」
「ほ、ほっとけよ。別に大した理由じゃない。どうでもいいだろ」
「……どうでもいいって、まあ、別に言いたくなかったら言わなくていいよ。確かにどうでもいいし」
「ならいいだろ」
「けど、ここに来たとき君は上を向いていた」
 上を向いて――ふいに頭の中に浮かんだのは坂本九の曲だった。
 茶化してんのかと思ったが、どこか様子が違う。背後にあるビル群の明かりが智幸の真剣な横顔を照らしている。俺を小馬鹿にした感じは、そこにない。
「坂本九の『上を向いて歩こう』ってさ、励ましの歌だと思っていたんだよ」
 突然、智幸はそう言って続けた。
「けど、たぶん違う。あの歌はなにかを励ましているわけじゃない」
 夜空を仰ぐ。都会の夜空に浮かぶ星の瞬きは弱く、黒い闇が無限に広がっていた。真っ暗で、巨大な闇のうねりに飲み込まれそうな、夜。
「そういえばちゃんと歌詞の意味を理解しようとしたことないなって思って、『上を向いて歩こう』の歌詞をさっき見返してたの。携帯で」
「白状したな。携帯壊れてないこと」
「もうバレちゃってるもん」
 悪びれもせずよく言う。
「それで歌詞読んでてさ、ああ、これは励ましの歌じゃないなって。あれはたぶん、悲しいことをぐっと耐える歌なんだよ。子どもがつまずいてひざを擦りむいて泣きそうになるのを我慢する、そんなイメージ。悲しいことに耐えようとするから、上を向くんだよ」
 俺も歌詞の意味をちゃんと理解しようと思って聴いたことはなかった。ただなんとなくだれかを励ます曲なのかと思っていた。
「もちろん私の勝手な解釈で、自分の考えが正しいって言うつもりはないよ。でも、なんで励ましの歌だと思ったんだろ。震災のときよく流れていたからかな。刷り込み的に励ましの歌なんだって思ったのかな」
「さっき聴いてたのは、坂本九か?」
「そうだよ。ストアでダウンロードして聴いてて、そしたら君はここに走ってきて……上を向いていた」
 俺のほうをまっすぐ見つめて、智幸は重ねて言った。
「上、向いてたんだ」
 彼女はそれ以上なにも言わず、俺の言葉を待っているのかように佇んでいた。
 無自覚だった。上を向いていたなんて。
「……普通じゃないんだ。俺は」
 思いがけず、インクみたいに言葉が滲み出た。
「普通がいいんだ、君は」
「……そうだよ。悪いかよ」
「――みじめ、なんだ」
 ぞくっとした。
 胸の内で抑圧してきたみっともない感情を、智幸はそう言い当てた。
 ――みじめ、なんだ。
 リフレインする。頭のなかでぐるぐると周りはじめ、それを否定しないと本当に自分がみじめなんだと烙印を押されそうだった。
「お前に……っ」
 業腹で肩が震えた。刃向うように語気を強めた。
「お前になんでそんなこと!」
 今日、それもたった数時間しか一緒に過ごさなかったやつなんかに、わかった風なこと言われるのが気にくわなかった。
「なんだよ、なんなんだよお前は……なんでそんなこと言われなくちゃいけねんだよ。出会ったときからなんかツンケンしてて、こっちは君島のこと思って、いつも以上に仕事早く切り上げようと荷物配って、早く終わったら先輩に仕事押し付けられて、いいように使われて!」
 苛立ちがぶりかえす。
 作業着で登校したすべての責任を君島智幸に押し付けるつもりはない。バイトでこき使われて遅れたせいでもあり、すれ違いで恥かいたのだって教授の伝達不足が一因だ。
 だけど、ずっと好き勝手言われ放題なのは気に食わなかった。だから理由を上乗せして噛み付きたくなった。
「やっと大学で出会えたと思ったら、お前は愛嬌ねえし、みんなとは距離取るし……なんでそんなつまんねえ態度なんだよ! もっと笑ってくれりゃ俺だって!」
 熱を帯びていく自分とは裏腹に、どこか冷静な自分がいて喚きながら気づいた。
 おかしい。自分がいま吐いたセリフ、阿藤も同じようなこと言ってなかったか。
 違和感を覚えながらも激情は止まらない。津波のように押し寄せてくる。
「君島のこと思って作業着のままバイト先から直行して! 着いたら着いたで君島のこと全然見つけられなくて、焦って、もうどうすりゃいいか困って、キャンパスのど真ん中で『君島さまこっちです』なんて紙に書いて! お前には生意気な口叩かれて! こっちは君島のこと思って、君島のこと考えてんのに!」
 君島君島って本音を漏らしすぎだ。ストッパーをかけるはずの理性が濁流のような感情に飲まれて役に立たない。
「君島を迎えに行かなかったら私服に着替えられたし! 金だっておろせたし!」
 息つく暇もなく声を大にして荒げる。なにに怒っていたのか、自分のなにを守ろうとしていたのか、俺の頭はくらくらしてきて曖昧になりそうだった。
「みじめだからなんだよ! お前になにがわかんだよ! どうせお前だって俺のこと笑ってんだろ!」
 破裂した気持ちは止まらず、押さえつけていた感情をすべて吐き出さないと気がすまなかった。
「俺がお前にそこまで嫌われるようなことしたかよ! そんなつまんねえ顔すんなよ! なんでお前はそんなに可愛げねえんだよ!」
 のどが熱い。
 全身も熱に浮かされたような心地だった。
 もう知らない。この際だ、全部全部思いのたけをぶつけてやる。あるがままを言ってやる!
「こっちは君島のこと、一目惚れするぐらい可愛いと思ってんのにさ!」
 言った。思いっきり感情ぶつけてやった。どうだ智幸。ハハハ、ざまあみろ。おかげでこっちは清々したよ。胸に抱えたストレス全部吐き出して――吐き出して?
 ……あれ?
 あれ、あれ、あれ。
 ちょっと待て。
 俺いまおかしなこと言わなかったか?
 なにか、とんでもない、どうしてこうなった、みたいな間違いを犯したような気がした。大学受験で試験終了したと同時にマークシートがひとつずつずれているような、背筋が凍るような間違い。
 怒りで燃焼していた脳内はガロン単位で氷嚢をぶち込まれ、一気に頭のなかが真っ白になる。
 え、え。なんだよ。マジで俺なんて言った?
 ――ヒトメボレ。
 あれ。俺、そう言った?
 だれに向かって?
 智幸に?
「…………は?」
 はああああああああああああ――――――っ!
「あ、お、あっ」
 途端、自分でも急激に顔が真っ赤になっていくのがわかった。熱したやかんみたいにカンカンに熱い。体温が急上昇する。心臓が早鐘を打つ。なんだよこれ。一目惚れ、一目惚れって!
「や、あ」
 エサを食べる鯉みたいに口がパクパク動くだけで言葉にできない。
 智幸はガラス細工みたいに綺麗な瞳を点にして、端正な顔面はコールドスプレーがかけられたみたいに固まっている。長い睫毛が一ミリも動いてない。当たり前だ。急に一目惚れなんて言われて唖然とするに決まってる。
 沈黙が下りること、少し。
 智幸はショートの毛先を夜風に揺らしながら、くるりと踵を返す。
 終わった。
 その瞬間、俺の中でガラガラと音を立てて瓦解していくものがあった。
 やらかした。俺、やらかしたっ! 内心で「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」と絶叫して後悔で頭を抱えた。
「――笑ってないよ」
 りん、と風鈴みたいに綺麗な声だった。
 こちらに背を向けていた智幸だったが、顔だけ振り返った。
 嘲笑ではない、その表情。包容力のありそうなつぶらな瞳で、俺の作業着を受け入れるように見つめている。
「むしろ笑われてるのは、私だと思ってたよ」
 智幸の声量は大きくないのに、なぜだか俺の胸にやたらと響いた。
「……普通じゃないから」
 智幸の声の波紋広がって、混じって、溶けて、同調して。俺の内側にあった音叉が揺れた。智幸が鳴らした音叉の一つに共振するように。
「私も、普通じゃないから」
 ――同じだ。
 俺と同じ。そんな思いが胸中を過ぎった。
 でも、困惑もした。
 だってありえない。海とも、真季とも、ほかの二部の連中とも一度だって根っこの部分で同じだと思ったことがないのに、それが一部からやってきた智幸とどうして同じだと思う。
 たった一言だぞ。
 なのに、どうしてこうも智幸の言葉が胸に残る。
 どうして俺の内面に足を踏み入れることができる。
「私は君を、笑わないから」
 そう言い残し彼女が屋上から去ったあとも、俺はしばらくぼうっと立ち尽くして彼女の言葉を噛み締めていた。
 ざあざあと俺の顔に降っていた雨粒が消えた。雨が降り止んだというわけではない。
 頭上に傘が差さしてあった。
 それはなんだか、濡れないようにと智幸が傘を差してくれたみたいだった。

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