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 ←5話 君島智幸について →7話 ノケモノの二人
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青春アメとミエナイ彼女

6話 驟雨

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「やっべ、金をおろしてなかった」
 外で飯を食おうとして財布を開いたら小銭しか入ってなかった。しめて三百六十八円。
 しまった。智幸を迎えに行ったからバイト終わりに金をおろす時間がなかったんだ。
 三百円あれば、優秀なコスパを誇るうちの大学食堂で飯を食えるのだが、ヤマトの制服姿を思い出して躊躇した。バイト先の格好で学食食べてるところなんて知り合いに見られたくない。
 しかし大学付近の飯屋はどこもそこそこ値が張る、持ち合わせで足りるかどうかわからない。コンビニのATMで金をおろすのは手数料がかかるから避けたい。ケチ臭いと思われるかもしれないけど、少しでも節約できるなら節約しておきたい。
 家に帰って自炊するのも手だと思ったが、冷蔵庫に食材がなかったことを思い出す。カップラーメンでも買うか? いや、この前カップラーメンだったじゃないか……。
 だとしたらやはり――
 地下一階、食堂に続く階段前で俺は立ち往生していた。行くか、退くのか、ぐるぐると頭の中で葛藤して五分が経っていた。
「…………帰るか」
 階段から離れようとしたところで、盛大に腹の虫が鳴った。うまい食いもん寄越せと。
「…………あーあ。食欲には勝てねえな」
 最終的には羞恥心より食欲が勝った。
 地下一階にある食堂はひとつの巨大なフロアになっていて、座席数1300のランチスペースは伊達じゃなく広々とした空間が目に映る。
 二部の学生のことも考慮して夜遅くまで営業している食堂の座席は三割ほど埋まっている。彼ら彼女らのすべてが二部生というわけではなく、一部の学生にとって授業後の駄弁りの場にもなっている。
 隅っこの席なら目立たない。どこかいい席はないだろうか……。
「お」
 目立たず、人もいない、ちょうどいい塩梅のテーブル席を発見した。そこの席に向かう途中、ぴたりと足が硬直した。
 背後から声をかけられたからだ。
「あれ、三浦……?」
 びくっとなった。
 寒気すらした。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。足を止めたってことは反応したのと同義だ。下手を打った。名前を呼ばれても無視してツカツカ歩けばよかった。いまならまだ間に合うだろうか? いや、難しい。あとでなにか言われるのも面倒だ。
 俺を呼ぶってことは知り合いだろう。声の調子から、ゼミの人間ではないことはわかる。嫌な予感しかしない。
 恐る恐る振り向いて、声の主を確認した。その瞬間、後悔で胸が押し潰されそうになった。
「三浦、だよな?」
 長机のテーブル席、イスの背もたれに腕をかけてこちらに振り返っていたのは――阿藤だった。一応、知り合いではある。
 それも、いま会いたくないほうの。
「お、やっぱ三浦じゃん。服装ですぐに気づかなかったわ。てかそれ、ヤマトの服装? あれ、お前ヤマトでバイトしてんだっけ? でもなんで大学で着てんの?」
「…………」
 俺は無愛想に黙りこくった。
 どうしてこのタイミングで知り合いに見つかるのか。それも同じ中学出身のやつと出会うなんて……自分の不運を恨みたくなる。
「なんだよ黙って。まあいいや。元気してんのかよお前?」
 阿藤は立ち上がってポンポンを俺の肩を叩くが、ハッキリ言ってそんな気軽に触れあうほど仲のいい関係ではない。中学三年のときクラス行事の関係で少し話した程度だ。
「なんだよなんだよー、なんか元気ねーじゃん。お前、いつもそんなつまんねえ顔してるよな。大学生になっても相変わらずっつうかさ」
 お前は変ったな。見た目だけだけど――なんて内心で毒づく。
 阿藤は中学の地味な格好とは打って変わって耳にはピアス、髪は派手な金髪に染めていた。一山いくらで売られている安易な個性付け。変わったように見えて、中身はまるで変ってないのだろう。だからほら、軽薄な口調は相変わらずじゃないか。
「……別に、どうでもいいだろ」
 俺と阿藤は同じ中学出身というだけでなく、厳密に言えば高校も一緒だった。
 ただ、時間帯が違った。
 阿藤が全日制で、俺が定時制。
 阿藤が授業を終えて帰宅する頃に、俺は働き終えて登校する。そのすれ違いの際に、時折顔を合わせて阿藤はへらへら笑いながら言った。
「お勤めご苦労さん」
 あいつは俺の肩をぽんと叩いて、自転車に乗って部活の仲間たちとバカ騒ぎながら帰っていった。
 ――ああ、思い出しちまった。
 あのときからだ。自分と世間との間で、少しずつ歯車がかみ合わないようなズレを感じるようになったのは。
 俺も高校生、みんなと同じ高校生。昼も夜も関係ない。そう言い聞かせてバランスを保とうとして、しかし足場はすぐに崩れた。
 決定的にズレているんだなとわからされた日があった。卒業式だ。それは俺のではなく、阿藤の。
 阿藤が卒業する日、俺は卒業するまであと一年学校に通わなければならなかった。
 満開の桜の下で同い年が卒業してバカみたいに笑っているのを、俺はバイトで汗かいた額を拭って遠目で眺めていたんだ。
 阿藤と再会したのは大学の新歓のとき。偶然、本当にたまたま出会って、あいつが先輩で、俺が後輩で。同い年なのに違って、その違いが妙に息苦しかったのを覚えている。
 普通が、遠く感じる。
 手の届かない位置にあることを知った。
 大学生になったいまだって、正直自分のことがよくわからなくなる。大学で授業を受けている時間より昼間に働いている時間のほうが長い現実。俺は大学生なのか? 大学生ならどうして会社の制服なんて着ている? 大学生が噛み締めている普通の学生生活を噛み締めているのか? 時々、そんな疑問が強烈になって肺を圧迫する。
 会社の服装のせいで被り物を着ているような違和感があった。自分の立ち位置がひどく曖昧で、人と違ったところに立っているように思わされる。
「俺、用事あるから」
 俺は阿藤を友達ではなく知り合いと認識している。阿藤だってその認識だろう。別段俺なんてどうでもいいはずだ。なのにどうしていちいちフレンドシップを示すかわからなかった。
 その理由は、阿藤の周りを見て大方理解した。隣の席にはスナック菓子を食べている男子学生がひとり、さらに向かいの席にはテーブルの上に広げた旅行雑誌を眺めている女の子が二人。
 ――ああ、自分は友達多いよってアピールか。
「……じゃあな」
 暗くて刺々しい感情が湧き出そうになった。
 鬱屈とした感情を押さえこむために、この場からさっさと立ち去ろうとして、しかし阿藤は俺の肩をがっしり掴んでいた。
「こいつ、三浦って言うんだけど、中学のときのツレで、一応高校も一緒なんだよ。それで大学も同じ。すごくね、珍しくね?」
 軽躁な態度と言葉を並べながら阿藤は親指で俺を差す。一部に通う友人たちに示すように。自分の持ち物であるかのように。
 やめてほしい。本気で。
「けどこいつさぁ、むかしからすげえウケが悪いの。なんつーの、愛嬌がないって感じ。背が高くて顔は悪くないんだから、愛想よくすりゃモテると思うんだよな。なのになんかつまんなそうな態度でさ。ほら、いまもそうだろ。大学生活をムダにしてんだよ。三浦、ひとつ教えておいてやるよ。学生のうちだけだぞ遊べるのは。いま遊ばないと後悔するって」
 どこかで聞いたような紙のように薄っぺらな価値観。ありきたりで無個性なセリフ。反吐が出る。
「そこんとこ、オレはちゃんとわかってんだよ。だから今度いまここにいるメンツで、ゴールデンウィーク伊豆に旅行に行くわけ。三浦もさぁ、堅物キャラやめてそういうとこ遊びにいこうぜ。社会人になったら遊べないんだぞ」
 くだらなかった。どっかから一山いくらで買ってきたような言葉を並べているだけ。阿藤が言えるのはせいぜいその程度だと聞き流していた。
 そのときまでは。
「でも、こいつは偉いと思うぜ」
 呼吸が、止まった。
「三浦は経済学科……あれ、文学部だっけ? えーと、まあ、とにかく二部なんだよ。二部。それで働きながら大学通ってんだよ。ほら、いまバイトの服装じゃん」
 手が、震えた。
「すげーよな。オレ、働きながらとかぜってー無理。辛くて仕事か大学どっちか辞めるわ。高校のときもこいつ昼働いて夜に学校通ってたんだぜ。こういうやつ見るとすげえなーって思うよな」
 へらへらと阿藤の唇が歪んでいた。俺にはそう見えた。
「――マジ、ソンケーするわ」
 瞬間。
 頭の中が沸騰した。
 憤然として目の前が真っ赤に染まった。
 一瞬にして感情のメーターは限界まで振り切った。
 爆ぜるように俺は阿藤の胸倉を掴んだ。
 射殺すような眼光で阿藤を睨む。息でないほどの強さで胸倉を締め上げる。
「……なっ」
 阿藤の陽気な態度は一瞬で吹っ飛び、わなわなと唇を震わせ怯えていた。
 辺りが水を打ったかのように静まり返り、そこでようやく気づいた。無意識のうちに、右手の拳はぐっと力強く握られていた。
「な、なんだよ……っ! オレ、すげーって言ってるだけじゃん! 意味わかんね! 本気で意味わかんねえ!」
 阿藤がワーワーとなにか叫んでいた。涙目だった。周りの人間が恐ろしい獣でも見るかのように目を剥いていた。
 ……馬鹿にしてんだろ。
 お前らどうせ蔑んでんだろ。
「……ッ」
 血が出そうなほど下唇を噛んで、俺は阿藤のみぞおちを押し飛ばした。
 体が熱い。血が熱を帯びている。呼吸が荒い。このままここにいると息苦しくてたまらなくなりそうで、俺は阿藤たちに背を向けた。
 離れないと、ここから離れないと――
「こわい」
 ぞくりとした。
 女の声が、俺の背中に突き刺さった。
 その瞬間、ぽつりと水滴が心を濡らした。
 雨だった。
 心の中に、ざあざあと音を立てて雨が降ってきた。
「――普通じゃないよね」
 だれかが放ったその言葉は、杭みたいに胸のど真ん中に打ちこまれた。
 肺が軋んだ。
 心の天井から降る雨脚がいっそ強くなる。弾丸のように降りそそいで、俺の熱を、温度を、気持ちを、あらゆるものを冷たくしていく。
 まずい。
 この感覚はまずい。深みにはまると抜け出せなくなる。
「…………」
 頭が重くなってうつむく。
 一歩、鉛みたいに重い足を前に出す。
 二歩目はさっきよりも早く。
 三歩目で前傾姿勢になっていた。
 交互に繰り出されるつま先が徐々に加速していって早足になっていく。
 ストライドが大きくなる。
 夜の冷たい空気が割けていく。
 目に映る景色が後ろへと流れていく。
「――――ッ」
 気づけば走っていた。
 疾走なんて爽快な走りではない。行き先も目的地もない、腕だけをがむしゃらに振った走り方だった。
 振り切って、忘れて、すべてを背後に、過去に、前に、ひたすら前だけを。
 なにかから逃げるような必死さで脈拍を上げていく。
 撃ち抜かれるような激情に身をまかせて突っ走る。そうすればなにも考えられずいられた。呼吸が荒くなって苦しくなるおかげで別の苦痛を遠くに押しやることができた。
 気づけば階段を駆け上がっていた。ガンッ、ガンッ、と靴底で叩きつけるように勢いをつける。息が上がった。太ももの筋肉が軋む。身体的な苦痛がより強くなった。
 階段。また階段。終わらないループ。それ以外よくわからない。ここがどこの階段なのか、どこに続く階段なのか、いまどこにいるのか、視覚が歪んで、ぼやけて、曖昧になってよくわからない。そのうち色を失ってモノトーンへと変わっていく。
 心の中で降り止まない雨に打たれながら、走って、走って、走って、逃げて。
 ――マジ、ソンケーしてる。
 うるせえよ。
 上からもの言ってんじゃねえよ。俺と同じ場所に立ってねえヤツが。
 偉いね? 尊敬する? ふざけんな。なにわかったような口きいてんだよ。なんも知らねえくせしやがって!
 こっちだってわかってんだよ! 普通じゃないことぐらい! 立派に生きてるやつとは違えんだよ!
 俺だって! 俺だって普通の高校に行きたくないわけじゃなかった! 選べなかったんだよ! 夜の世界しか俺にはなかったんだ! 仕方ねえじゃん……どうしようもなかったんだ!
「――――ッ!」
 なのに、なんでそんなこと……。
 じわりと視界が滲む。下を向くと余計なものがこぼれそうだったから顔を上げる。地面が柔らかくなったみたいに足元が覚束なくなる。平衡感覚がなくなって、やじろべえみたいに体がぐらぐら揺れる。
 どこでもいい。
 だれもいない、夜の闇みたいな場所に行ければいまはどこでもいい。
 あいつも、こいつも、どいつも、俺を知らない世界。
 俺のことを知らないやつがいる世界へ――

「――三浦、くん?」

 突然、鈴の音を転がしたような綺麗な声がした。

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