スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←28話 振り向いて彼がいたなら 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【28話 振り向いて彼がいたなら】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

青春アメとミエナイ彼女

最終話 ラストカット

 ←28話 振り向いて彼がいたなら 


 エピローグ

 また、錯覚だと思った。幻聴の次は幻覚かと。
 もしくは、夢を見ているのか。
 高松空港ターミナルをとぼとぼと歩いていた私は思わず足を止めた。
 多くの人間が交錯する空間で〝それ〟は紛れることなく目立った。
 行き交う人々も〝それ〟を見て不思議そうに首を傾げていた。
 掲げられた文章の意味を理解できるのは、世界中でただひとり。
 私だけに伝わる光景がそこにあった。

   〇君島智幸さま 社会学部二部メディア学科はこちらです

 人波から頭ひとつ分飛び抜けた長身。薄いカーキ色に白のストライプが入った作業着。右手に高らかと掲げられた画用紙はプラカードに見立てられて、マジックでデカデカと私に向けた案内が書かれていた。
「見つけた」
 確かに、聞こえた。
 ターミナルの賑やかな空間のなかで、その声だけがやけにはっきり、耳から全身に波紋のように広がった。
 あまりに信じられなくて歯がかちかち鳴った。
 のどが焼けるように熱かった。
 心が震えた。
「これじゃあマジで格安旅行のツアーコンダクターだよな」
 彼はおかしそうに微笑んだ。作業服姿で案内を掲げていても恥ずかしそうな素振りはなく、堂々と立っていた。上でも下でもなく、いまはただ前を向いていた。
 一歩、一歩とおぼつかない足取りで近づいて、彼の顔を間近で見てびっくりした。試合後のボクサーみたいに左頬が膨れ上がって青いあざができていた。手当したあとが余計に痛々しかった。けれど彼は別段気にしてないように不格好な顔で笑っていた。
 仕事の服装で、高松空港で待っていて、顔が殴れたみたいに腫れていて……なに、これ。なんなの。もうなにから切り込んでいいのかわからない。
「なん、で……」
 戸惑って、わけわかんなくて、でも想いだけはどんどん溢れてきて、のどが震えて声がうまく出だせない。
「なんでって? ああ、このプラカードのこと? いやさ、智幸携帯つながらねえから、空港で見つけるんだったらこれが手っ取り早いかなーって。ははっ、おかしいよな。メディア学科のくせして思いつたやり方がこれってのは。でも、最初のときも見つけられたし、今回も見つけられるかなって思ったんだ」
「ち、違う……。私が言いたいのは、そうじゃなくて、その怪我は……」
「これは、えっと……、まあなんつーか、アクシデントみたいなもんだ。大したことねえよ。智幸のお母さんに手当してもらったしな」
 ごまかすように苦笑した。
 わからない。なにが起きているかわからないことだらけでパニックを起こしそうだ。
「どうして香川に……、高松空港に、君がいるの……」
 動悸がひどい。彼を見れば見るほど胸が締め付けられて、息が苦しくなって、声がしゃがれてしまう。
「香川にはきのうの時点で着いてたんだけどな」
 着いていた? きのう? ますます意味が分からない。
 だって、きのうは高松行きの便はどれも欠航していたはずだ。私はそれでホテルに一泊して足止めをくらっていたのに……。
「きのうさ、智幸のアパートに行ったんだけどお前いなかったから、実家に行けば会えるだろうと思ってすぐ新幹線に乗ったんだ。香川なら飛行機で移動したほうが早いんだろうけど、海から動いてないって教えてもらってな。それで新幹線で岡山駅まで行ったんだけど、乗り換えの電車が悪天候で止まっちまってて運転再開まで立ち往生。さすがに参ったよ。でもしばらくしたら動き出して、香川入ってからタクシーで智幸の実家、旅館まで行ったわけ。すげえ旅館だったな。立派でびっくりした」
 びっくりしたのは私のほうだ。なんて無鉄砲な行動をするんだ。
 放心しながら私は聞いた。
「どうして、旅館の場所を知ってるの……?」
「あー、えっと」彼はばつが悪そうに頭を掻いた。「教務課って学生の個人情報にアクセスできるから、まあ、知り合いにちょっとな」
 青山くんのことだ。
「で、智幸のお母さんに会ってさ、話聞いたら空港で足止めくらってまだ帰って来てないよって聞いたんだ。つまり俺の勇み足。笑っちまった。智幸のお母さんが今日はもう遅いから泊まっていきなさいって面倒見てくれて、最初は漫喫で過ごす予定だけど、せっかくだから厚意に甘えた。そこで智幸の親父さんも現れて……いい機会だと思って、俺のことをちゃんと説明して、智幸には、娘さんには大学戻ってきてほしいって伝えた。まあ結果は……どれくらい気持ちが届いたかはちょっとわかんなかったけど、効果はゼロじゃねえと思う」
 彼は口を横に広げて苦笑をぶらさげる。腫れた頬がひくついて痛々しい。
 厳格で、堅物で、私の事情もちゃんと見ようとしないお父さん。そんなお父さんの前で彼は言ったというの。私のことを〝娘〟だと。
「その顔、ひょっとしてお父さんに……」
「あー、えっと、これは、そういうわけじゃ……」彼は目をそらした。私に心配させまいとごまかしているのが見え見えだった。
「ごまかさないでっ」
 私はいたたまれなくて声を荒げた。
「君は、お父さん説得して反感を買ったんでしょ。それで、その傷を……」
 一度、彼は後頭部をさすって黙った。私の悲痛な眼差しから逃げられないと思ったのか、ちゃんと話してくれた。
「暴力沙汰とか、そんな大げさなもんじゃねえんだ。ホントだ。ただ、親父さんに智幸と向き合って、智幸の気持ちちゃんと聞いてほしいって、あんまり俺が口うるさかったからかな、まあ、怒っちまって、ぶたれただけ。いやー、星一徹よりキャラ濃かったぞお前の父親さん。でも旅館から追い出されなかったし、怒りながらも俺の話は最後まで聞いてくれたから悪い人じゃないのはわかったよ」
 彼の平然とした口ぶりに私は動揺していた。
 どうしてそこまで躍起になれるの。
 なんでそんな無茶をしているの。
 私に会いにこようとわざわざ東京から新幹線に乗って、悪天候のなか旅館までフツーやってくる? 大学とか、仕事とか、ほかの用事とか、そういうもの全部放りだして、お父さんまで説得しようとして痛い目に遭って、それでもくじけないで私を空港で待つなんて、そんなこと――
「……むちゃくちゃだ。君、むちゃくちゃだよっ!」
「え、むちゃくちゃって、お前がそれ言うのかよ?」
「言うよ! 東京から香川まで来ちゃうんだもん! いきなり私の前に現れるんだもん! そんなの、そんなのびっくりするよ!」
「ネパールにくらべれば近いぞ」
「そういうことじゃないよ! ここまで来るのだって、その、お金とかいっぱいかかるし、仕事とかほかに大事な用事だってあったはずだ!」
「なめるなよ智幸。契約社員でも有給はあるんだ。これを機に溜まりに溜まった有給使いまくることにした」
「なにそれ。ほかにも、まだほかにもっ……」
 言いたいことがたくさんあるのに、熱い感情がのどもとまでこみ上げてきて声が詰まってしまう。
 なんて不器用で、愚直で、勝手なんだ。勝手すぎるよ。他人が聞けば彼のやり方に呆れ果てるはずだ。私だって呆れている。
 だけど、だからこそ、彼らしかった。
 ぜんぶ、ぜんぶ、投げ捨ててきたのに、それでも彼だけは残っていた。夢でも幻でもない。正真正銘、私の目の前に彼がいる。
 過去しか残っていない香川に、いまと未来を運んできてくれるように彼がいてくれる。
「どうして、そこまでするの……」
「そりゃ、一秒でも早く智幸の顔を見てやろうと思ったからだ」
 鼻の奥がじんとして、目頭が熱くなった。
「智幸だってむちゃくちゃだろ。いきなり大学辞めて、勝手にいなくなって……こっちだって智幸にいろいろ言いたいことはあるけど、まあいいや。いまそれは後回しだ」
 彼は画用紙を脇に抱えてポケットから携帯電話を取り出す。そして、携帯のカメラレンズをこちらに向けた。
「ラストカットだ、智幸」


   last cut. 君島智幸


 心は凪みたいに穏やかだった。目に映るすべては澄み切った空気のように明瞭で、ノイズはなにも聞こえない。
 カメラ、というか携帯をしっかり握る。ムービーを起動してフレームに智幸の表情をおさめる。
 ふと、雨音が聞こえた。
 彼女に降りしきる雨。びしょ濡れの彼女に近づいた俺も雨粒に濡れたけど、構わなかった。雨降りでも俺には彼女だけがぼわぼわと淡く光って見えて、ほかはなにも映らなくて、二人だけの世界にいた。
「映像なんてもう……。だって私、大学を……」
 智幸の顔は痩せこけていた。まぶたは腫れ、目は充血して真っ赤。そんな不格好な自分は不要だと言わんばかりに、智幸はレンズから逃げるように顔を下げた。
「智幸の映像がないと完成しないんだ」
「こんなところで急にそんなこと言われても……」
「じゃあ、夜に戻ればいい」
 家に帰ろう、みたいな調子で俺は言った。
「カメラだって携帯じゃなくてプロ仕様の高性能。二部に戻れば真季と海がいて撮影を手伝ってくれる。そっちのほうがいいよな。それに俺も、今度は俺もちゃんと撮るから。二部に戻ってきて撮影を再開する。決まりな、智幸」
「そんな……そんなこと、勝手に決めないでよ。もう、退学届出しちゃったんだから……」
「お前、知らないんだな。正式に退学が認められるのは指導教員と学部長にサインもらってからだから一週間はかかる。いまならまだ取り下げてもらえるって海が教えてくれたぞ。だから戻ってこいよ。ほら」
 カメラを下ろして、智幸に手を伸ばす。
 しかし掴もうとしない。息苦しそうに胸元のシャツをくしゃりと掴む。なにか怯えているようだった。
 降りしきる雨が智幸の頬をつたってぽたぽた落ちていった。
「私、私……諦めたんだ。私と一緒にいたら、君の想いとか、望むこととか、応えてあげられない。普通にできることが難しいんだって。君だって周りに変な目で見られて、結果として傷つくかもしれない。ひとりでぐるぐる考えたらすっごく不安になってきて……もう、ここにいないほうがいいんだって思った。だから諦めた。髪も切った。ちゃんと君を諦めた……。なのに、それなのにっ、どうして香川まできちゃったの!」
 悲壮に訴える智幸。
「短い髪を見てわかったでしょ! 私のいまが! カラダが! どうして私なんか追いかけちゃったの!?」
 糾弾され、問いを突きつけられ、俺は――
「ちゃんと、見ようって思ったから」
 あるがままの気持ちを伝えた。
「俺、智幸のこと、智幸のそばでちゃんと見たいんだ。智幸が髪を切っても、どう変わったとしても、真正面で見る。見えるものだって、見えないものだって、全部見ていきたい」
 胸の内から出た感情を口にしていく。
「だから俺がお前を見るのを手伝ってほしいんだ。俺も、智幸のためにできること手伝うから。智幸が望むこととか、してほしいこととか、ひとりじゃキツそうなことも協力する。だから、だからさ」
 屋上でも、展望台でも、ちゃんと言えなかった続きを。
 カットの続きを。
「こんなところでだけど、俺と付き合ってくれないか?」
 俺は智幸に手を伸ばしたまま、告げた。
「わかってない。君、わかってないからそんなカッコいいこと言えるだけだ……。私の、私を見てないから」
「じゃあ、これから見せてくれよ」
 智幸の目の淵にたまっていた透明な滴がこぼれた。押さえつけていたものが、堰が壊れたように一気に溢れ返って落涙した。
「……私、髪切っちゃってるんだよ。こんな私なんだよ?」
「わかってる」
「……君のお母さん、びっくりしちゃうよ。私なんか、紹介したら」
「うちの母親が気にするのは更年期障害と預金残高だけだ。だから心配すんな」
「遊ぶのだって……これから夏になって、たとえば海に遊びにいくことになっても、私はほかの女の子とは違うよ。君と一緒に行ってみたいって思うよ。思うけど、ほかの人がいる前じゃ……」
「だったらだれもいない貸し切りできるビーチに行こうぜ。山さん旅行代理店で働いてるからそこらへん詳しいだろ。ああ、金の心配はいらない。使いどころをなくしたやつがあるんだ」
「アパート、解約しちゃったよ……」
「教務課で学生向けマンション斡旋してるから、海にいい部屋空いてないか聞いてみようぜ」
「君はいいけど、二部のみんなはびっくりするよ。引いちゃうよ……」
「うちの学部に引くやつなんていねえよ。思い出せよ智幸、一緒に撮ってきた連中のこと。定時退社上等の企業戦士に、SNSの運営をやっている高性能ばあさん。野村の卒論のテーマなんてムダ毛だぞ、ムダ毛。普通いねえよそんなテーマ設定するやつ。田中の自主制作映画のタイトルなんて『俺が靴だと思っていたものは本当は鍋だった』ってどんなバカ映画だよ。ほかにもまだ胃もたれしそうなやつばかりいて、こんな濃いやつらがそれぐらいで引くかよ。だから、なにも問題ねえよ」
 安心しろと、彼女の不安をひとつひとつ潰していってくと、智幸は震えた手をゆっくり伸ばす。智幸の指先が、肌が、一度触れて、けど俺の手を掴むかまだ迷っていた。
「ダメだ……やっぱり私なんか、ダメだよ」
 半歩、智幸後ずさる。
「ダメじゃねえよ」
 俺は動じなかった。
「ダメなことなんてあるものか。俺なら、ダメじゃねえはずだ」
 自分の胸を、会社の制服を、ぽんと叩いた。
「いいの……本当にいいの?」
 智幸は肩を震わせ、嗚咽しながら聞いてくる。
「君のこと、好きになっちゃうよ。いっぱいいっぱい好きになっちゃうよ! でも私は、いまの私じゃっ、君が求めることや望むこと全部きちんと叶えてあげられるかわからないよ! それでも好きになっちゃうよ! すっごく恋するよ! スカートだってはいちゃうよ!」
 俺は頷いた。
「智幸。協力してほしいこと、なんかあるか?」
「……じゃあ、それじゃあ、一緒にお父さんを説得するための作戦会議、してほしい。そばにいてほしいんだ」
 そっと俺は智幸の手を掴んだ。彼女は抵抗せず、ぎゅっと握り返してくれた。
「行こうぜ」
「うん……うんっ! うっ、ううっ……うわあああああん!」
 空港のど真ん中で、智幸は人目も気にせず泣いた。子どもみたいにわんわん泣いた。しゃくりをあげながら途切れ途切れの言葉を続けていく。
「お父さん、お父さんね、う、ううっ……、すぐ怒って灰皿とか投げるけど、投げるコース決まってて、ひぐっ、私、避け方知ってるから、君に教えてあげる、あげるねっ」
「ははっ、なんだよそれ。泣きながら言うことそれかよ」
 涙でくしゃくしゃになった顔で、智幸は笑った。泣きながら笑う顔はアンバランスで、言ってることもなんかおかしくて、俺も笑った。笑ってるのに、智幸の表情見るとうっかりもらい泣きしてしまいそうで、これは雨のせいだとごまかそうと思ったが、無理だった。
 俺たちはひとつの傘の中にいた。
 雨はもう俺たちを濡らさない。
 二人で握った傘なら、これからどれだけ雨が降り続けても平気だと思えた。
 そして、季節がはじまる前のような予感があった。
 いつかアメは上がり、青く晴れた春の日のような世界を俺たちは見ることができると。

関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【28話 振り向いて彼がいたなら】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【28話 振り向いて彼がいたなら】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。