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 ←24話 ミエナイ撮影 →26話 冷たいホットコーヒー
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青春アメとミエナイ彼女

25話 決断

 ←24話 ミエナイ撮影 →26話 冷たいホットコーヒー


 俺は、いつも自分のことで手一杯だった。
 小学生のとき、母親が仕事で帰ってくるのが遅いから自分で晩飯を作った。はじめて作った味噌汁はダシを入れ忘れてめちゃくちゃまずかった。中学になったら勉強が難しくなった。太陽が沈むまでバカみたいによく遊んでいた友人たちは全員塾に通いはじめた。みんなに置いていかれないように俺も塾通いしたかったけど、いろいろと余裕がなかった。高校になったら本格的にバイトをはじめて、家事と学業、そこに仕事も加わって自分の両手はほかになにも抱えられないほどいっぱいいっぱいだった。
 自分のことばかりで周りに目を配る余裕がなかった。いつだってそうだ。
 だから、智幸の真実を知って真っ先に目を向けたのは自分の内面だった。
 自分の感情整理にしか時間を費やせなかった。
 それはいまだってそうで、そしてそんなんだから、智幸の気持ちを考えてやれなかった。
 あいつだって、俺に打ち明けてずっと悩んでいただろうに。
「…………あ」
 目覚めれば、パソコンディスプレイが眼前にあった。辺りを見渡せば撮影に使う機材が置かれていて、自分がメディア実習室にいることを思い出した。
 静かだ。だれもいない。
 ああ、そうだ。智幸の撮影に失敗して、ここに機材を片したあと、海と真季と少し話したんだっけ。
 ……真季と海には悪いことをしちまった。
 撮影のときに怒鳴り散らしたことを二人に謝ると、あいつらはうな垂れる俺の肩を優しく叩いてくれた。
 最後の最後まで、智幸の事情を話すべきかどうかは迷った。
 けれど、二人は気づきはじめていしたし、壊れた撮影の空気のあとでこれ以上隠すこともできなかった。
 だからぽつぽつと、ゆっくり、話した。
 そしてしばらくひとりにさせてくれてと頼んだのだ。
 真季はなにか言いたげだったが、海が帰ろうと引き連れていってくれた。
 俺はこの部屋でなにをしていたかといえば、なにもしていない。ただこもって、荒んだ気持ちで智幸との別れの意味を考えていたら……いつのまにか意識が落ちていた。
 俺はどれほど眠っていたのか。部屋に窓がなくて時間感覚が狂う。
 壁掛け時計で時間を確認してびっくりした。
 もう夜明け前。かなりの時間仮眠をとっていたことになる。
 警備員に見つからなかったのは偶然か、もしくはここが研究棟の一室だからだろう。うちの大学は二十四時間開放している施設がある。それが、研究室のある研究棟。学生が昼夜問わず研究に没頭しており、卒業論文や卒業制作の締め切り前になると寝泊りしている学生もざらにいる。だから警備員は見回りこそしても、厳密にチェックはしないのだろう。
 気だるい体を起こしてメディア実習室に鍵をかけて出た。扉にある『使用中』のプレートを裏返して研究棟の出入り口まで向かった。出入り口には二十四時間警備員が駐在し受付があって俺は鍵を返却した。警備員はあくび混じりに応対していかにもやる気がなさそうだった。
 研究棟を出て広々としたキャンパスに足を踏み出すと少し肌寒かった。辺りには闇が立ちこめ、夜明け前のもっとも暗い時間のなかに俺はいた。
 やけに目が冴えている。
 荒んでいた気持ちも、仮眠をとったせいか多少落ち着いている。
 ――どこに惚れたんだ?
 撮影のときからずっとリピートされているその疑問。
 いつまでも自分の気持ちを宙ぶらりんに保留にするわけにはいかなかった。白黒簡単に感情の色を決められるものではないけど、せめて心の着地点をどうするかぐらいは見つけるべきだった。
 だからまだ家には帰らない。
 行きたい場所がある。
 世界から人類を消し去ったかのような静寂なキャンパスを横切ると、創始者の銅像が夜の闇から浮かび上がった。
 そこで思い出したのは桜の花びらが散る季節。二か月前の智幸との出会いだった。
 智幸は触れれば壊れてしまいそうなガラス細工みたいに儚げさと端正さを持ち合わせていた。乳白色の横顔は綺麗でいまでも鮮明に思い出せる。
 この場所で智幸と出会って、一目惚れしそうになって、心が揺れた。この気持ちが偽物かと言われれば、それは違う。本当だ。
 映画館であいつの小さな手が触れたときは、胸がうるさいぐらいに心臓が高鳴っていた。これも事実だ。
 触れられる世界。見た目なんて世俗的と思われるだろうけど、それでも感じた心は嘘じゃない。
 ――俺は目に見える部分に惹かれたのだ。
 次に俺が向かったのは五号館だった。
 階段を一段一段上っていくと、ヤマトの制服姿で逃げるよう走っていたあのときの自分が克明に蘇ってくる。
 屋上にたどりつくと視界が開けた。空中庭園のような趣きがあるこの場所で、智幸はベンチに座りながら三ツ矢サイダーを飲んでいた。
 あいつはベコベコに潰れた缶みたいな俺に声をかけてくれて、同じ世界に立っていることを知らせてくれた。
 俺の内側にあるモノを見て、同じ目線で会話してくれた。
 ――私は君を、笑わないから。
 そのセリフは、お守りみたいに俺の懐に入っていた。
 そんなこと言われたのは生まれてきてはじめてのことだった。自分みたいな普通じゃないやつはこの世界で俺ひとりだと思っていた。
 でも、土砂降りの雨にあいつも打たれていて、俺には傘を差してくれた。それが嬉しかった。どうしようもなく。
 ――目に見えない部分にだって惹かれたんだ。
 それはしょせん同属意識なんじゃないかと言われれば、はじまりはそうだったんだと思う。自分と近しい存在がいて、受け入れてくれて、安心したことは否定しない。
 けど、撮影のあと、智幸が離れていって、胸を抉られるほど痛かった。
 これで受け入れてもらえなくなるとか、安心できる場所がなくなるとか、そんなことはちらりと脳裏にも浮かばなかった。張り裂けそうな痛みだけが支配していた。
 ――それでも、好きでいられるか。
 目に見える部分に惹かれた自分、見に見えない部分に惹かれた自分。どっちも本当の俺だ。偽らざる気持ちだ。
「……ああ、そうだ。それでも、俺はあいつを――」
 この痛みは、そういうことじゃないか。
「……遅えよ。気づくの、遅え」
 いや、違うな。智幸の撮影に失敗したからこそ、離れてしまったからこそ、自分の気持ちに気づけたんだ。
 それでも、もう遅い。
 俺は智幸にフラれたのだ。

 ――君といると、私が嫌なんだ。

 智幸とのあの別れ方はそういうことだろう。いくら疎い俺でもそれぐらいは想像がつく。
 智幸の立場に立ってみれば、この屋上で俺の気持ちを知って、ずっと困っていたのだろう。距離を取っていままで人と接してきたのに、俺が急に踏み越えてきてしまったのだから。
 それでもゼミでは俺の相手をしてくれた。あいつが事情を打ち明けたあと俺との関係に悩んでくれた。目の下の黒い影が蘇って思う。たぶん俺が想像する以上にずっとずっと悩んでいてくれたのだ。
 これはそれで出した結末なのだ。
 だとしたら、仕方ないのだろう。
 フラれたなら、溢れるほどの想いを抱いても追いかけるべきではないのだろう。
「終わりか……」
 ここが俺の心の着地点。気持ちの落としどころなんだろう。
「ああ……」
 それぞれの道を。
 なんともあっけない幕切れだ。
 けど、世の中こんなものなのだろう。終わりがすべてドラマチックとは限らない。
「なにかが、変わっただろうか」
 目を見開いて、目に見える世界も、目に見えない世界も、どっちも真正面から見ようとしていれば、未来は変わっただろうか。
「あ……」
 あれ、なんだよこれ……。
 まぶたの裏が熱くて、視界が滲んで……。
「あれ、あれ……」
 勘弁してくれ。マジでなんだよ。なんなんだよこれは……。
 こんな、こんなことはじめてで、俺は……。
「…………っ」
 のどの奥が震える。
 上を向くという対処療法なんかじゃ間に合わない。
 なにやってんだ。情けねえことしてんじゃねえよ。くそ、くそ……っ。
 袖で目元を拭っているそのときだった。
 一面夜に塗りつぶされた世界が光によって割れた。東の空から赤茶けた太陽が顔を出す。辺りには白んだ朝靄が立ちこめて幻想的な光景が眼前に広がる。
「ああ」
 あらゆるものを照らす光。
 腹立つぐらいに綺麗な夜明け。
 鮮烈な朝焼けが、俺の進む道に光を当てているみたいだった。
 ふわりと、押されるように一歩足が前に出た。まるでその光を浴びろと言わんばかりに。
 背中を押された感触があまりに柔らかくて、それは風というより人の手みたいだった。

 ――普通になりたくて、なれる機会があるとしたら、ちゃんと手に入れてほしい。

 目を閉じて思い出す。智幸がただ別離の言葉を残しただけでなく、俺の背中を押してくれたことを。
 普通を手に入れてほしいと願われた。あいつは自分が普通とはズレた位置にあると思っていて、普通の尊さを知っていて、だからこそせめて俺だけはと想ってくれたのだろう。
 まぶたの裏に光が射した。
 目を開ける。夜を終わらせる燦然とした光源は世界に輝きをもたらし、やがて俺を照らした。



   ※



「ったく、仕事終わったのに呼び戻すなよ。相変わらず人をコキ使ってくれるな」
 今日の俺のシフトは昼上がりだった。さっさと家に帰ってすぐさま大学に向かう予定だったのに、帰宅途中で職場から携帯に連絡がきた。メッセージ便の誤配があったから配達先に受け取りに行ってほしいと。
 一度は断った。どうしても外せない予定がすぐにあるからだ。けれど、ドライバーがみんな出払っていてほかに頼める人がいないからどうしてもと頼まれて、結局俺はしぶしぶ営業所に戻った。
 タイムカード押した人間に残業させておまけにクレーム処理。フツーそこまでさせるかよ。携帯買ったこと隠してりゃよかったな。
 今度こそ家に帰ろうとして時間を確認したら予定が迫っていた。帰宅して着替えていたら遅れる可能性があったから、会社から大学に直行した。
 つまりいま、俺は作業着のままというわけだ。
「また会社の制服で登校じゃねえか……」
 大学の校門前で大きくため息を吐いてから昼の学生たちに紛れてキャンパス内へと足を踏み入れた。
 不幸中の幸い、周りの学生たちは俺のことを大学に荷物を配達していると勘違いしているのか怪訝な視線は向けられなかった。
 見上げれば、空は清々しいほどの青に染まっていた。天気予報だとどうやら今日はずっと晴れているらしい。
 太陽の日射しを受けた昼のキャンパスは夜と違う顔を見せていた。通路の横に設けられた花壇が鮮やかに萌える様を、陽光が照らし出している。明るい談笑がいつも以上に聞こえる気がする。人の表情がくっきりと見えて笑顔が咲いている。吹きつける風は穏やかで、ぬるま湯に浸かっているような暖かさが全身を包んでいた。自分が会社の服装だという気すら忘れさせるほどひだまりの世界は心地よくてぽかぽかした。
 六号館校舎に入っても窓ガラスから陽光が射しこんでいた。光を反射した通路を抜けた先にあったのは連絡事項が張られた掲示板。ピンで留められたいくつもの張り紙のなかで、俺が目を向けたのはただひとつ。
 ――社会学部転部転科説明会。
 今日が説明会当日だった。
 この説明会を受けたからといって必ずしも転部転科するわけではない。けれど説明会を受けていなければ来年度の転部転科は特別な事情がない限りとりあってもらえず、希望者は参加が絶対条件。
 説明会開始まであと少し。掲示板の前に突っ立ったまま、自分が歩むかもしれない未来を想像する。
 一部の授業料を払えるぐらいの貯金は、まあ、ある。なるべく無駄遣いをおさえて、コツコツ貯めてきた。それでも一年分だけだ。その上、生活費だってかかる。だからバイトは土日フルで働いて、早朝の仕分けもやらせてもらおう。それでも足りない分は奨学金を借りればいい。
 頭の中でシミュレートして、けれど、本当に昼の世界に足を踏みこむのかという疑問はついてまわった。
 転部なんてぼんやりと頭の中にあったものの、いままで本気で考えたことはなかった。
 だけど、今回の説明会は本気で考えてみるいい機会だと思えた。
 きっかけをくれたのは智幸だ。
 そう、あいつが背中を押してくれたんだ。
 転部転科。その文字には奥の奥には、どこにでもある、けれど日射しが降りそそぐ明るい世界、『普通』があるような気がした。
 そちらの世界に足を踏み入れれば、大学に通う時間が増えて仕事に行く時間は減る。曜日できっちりと仕事と学業が分離されて、朝から仕事して夜に大学に向かうことなんてなくなるだろう。
 社会人か、大学生か、曖昧で中途半端な存在は終わる。二部の連中と顔を見合わせる機会は減るだろうが、同じ大学にいるのだ。別に会えなくなるというわけでもない。
 この先の道を進めば、普通でいられる。
 説明会会場に向かおうと足を出した矢先――携帯が振動した。
 着信。相手は海だ。
 説明会開開始前で一瞬出ようかどうか迷ったが、無視できず通話ボタンをタッチした。
『もしもし。九。よかった。やっと通じた。いまどこにいる?』
 やけに真剣味が帯びた声だった。なにか切羽詰まったような喋り方だ。
「学校だけど」
『まだ昼なのに学校? いや、むしろよかった。どのみちそっちのほうが都合いい』
「なんの用だよ」
『話したいことがあるんだ。電話じゃなくてできれば会って話したい。どこにいる? いま休憩もらったから、そっち向かうよ』
「……すまん。あとにしてくれないか。俺はこれから用事が」
「――いた」
 携帯を当ててない左耳に、直接海の声が聞こえた。
 ストライプのネクタイに黒のスーツ。この時間にフォーマルな格好をしているのは教務課のバイト中だからだろう。気になるのは肩で息をしている点だ。呼吸が乱れている。走ってきたのだろうか。
「よかった、会えた……。九、きのうの夜電話してもつながらなかったから。だから、いま見つけられてよかった」
「寝るときは電源切ってるからな」
「ヤマトの服、やっぱり目立つね。九がどこにいるかすぐわかったよ。今日は大学に配達あるの?」
「ちげーよ。俺はこれから用事あるんだ。ゆっくり付き合ってる暇はないぞ」
「待って! どうしてもこれだけ、これだけは伝えないとと思って」
「なにをだよ」
「迷ったんだ。口止めされたけど、やっぱり九には言った方がいいんじゃないかって。それで考えて考えて、やっぱり知っておいたほうがいいと思った」
「だからなにをだよ。ノロケ話とかしょーもない話だったら俺は聞かんぞ」
「――君島さんが大学を辞める」
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