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青春アメとミエナイ彼女

16話 【虚】重ねた約束

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 箱にたくさん積まれた校正待ちの原稿。病気で白くなった智幸の頬。追い込まれるような生活の一方、帰る場所がある。それでも彼女はまだ東京の地に踏みとどまっている。両親がいて、帰れる場所があるなら、俺ならきっと甘えている。
「変わりたいと思ったから。それが一番の理由」
 迷いがない言い方だった。
「私が実家を出てくことを決意したときにさ、お父さんよく言ってた。家にいれば安全で安心で、私がだれかに傷つけられることも、だれかを傷つけることもないんだ。確かにそうだと思う。思うけどさ、嫌なんだ。ずっと香川にいるのは。すごく、気持ち悪くなっちゃって」
 智幸はパーカーの胸元をくしゃりと掴んだ。不安とか、嫌悪感とか、そういったものを潰しているように見えた。
「ほら、たまにさ、いろんな嫌なこと一切忘れて、リセットして、だれも自分のことを知らない世界に飛んで行きたくならない? そんな感じ、かな」
 わかる、気がした。
「でもね、時々……」
 智幸は少しだけ目線を落とした。
「大学辞めて帰ろうかなって、気持ちが揺らぐときがないわけじゃないんだけどね」
「そう、なのか」
「援助を打ち切られたし、喧嘩しちゃったお父さんだけど本心から心配してくれたのわかったし。お母さんも優しい言葉をかけてくれるけど、ホントはお父さん以上に戻ってきてほしいと思ってる。でも、とりあえずうちの大学は二部があって、昼にくらべて授業料半分ぐらいで済んで、ほかにも理由は……うん、まあいろいろ都合がよかったから私は二部にいるんだ」
 時々辞めて帰りたくなる――それはいまも思ったりするのだろうか。退学という文字がちらついて、迷うことがあるのだろうか。
「あ、でもここの大学が嫌ってわけじゃないよ。勉強したい学科が東京にしかないからって理由でもこっちに来たんだ」
「それがメディア学科?」
「そう。映画の広告について興味があってさ。まだ早いけど、卒論はそのテーマをぼんやりと考えているよ」
 映画。可愛いらしい部屋のコーディネートに隠れていて気づくのが遅れたが、テレビの横に置かれたラックには映画のBD・DVDがずらりと並んでいた。
 タイトルは『ラブ・アクチュアリー』、『P.S.アイラブユー』、『25年目のキス』、『ノッティングヒルの恋人』、邦画なら『僕の初恋を君に捧ぐ』、『タイヨウのうた』、『ただ、君を愛している』。
 一部邦画のタイトルは聞いたことあるけど、観たことない映画ばかりだった。けれど、愛、恋、ラブ、キス――甘いキーワードが並ぶタイトルばかりで恋愛映画なんだろうと推測はできた。
「へぇ、BDとDVDかなり持ってんだな。やっぱ女の子って恋愛映画好きなんだな。君島も映画みたいな恋愛したいとか思うの?」
 特別深い意味はなく何気なく聞いた。すると彼女は急に頬を紅潮させて、照れ隠しみたいにすぐそばにあったオットーセイくんのぬいぐるみで顔を隠した。
 しばし沈黙が下りる部屋。
 おい、いきなりどうした。俺、なにかまずいこと言っただろうか?
 ひとり困惑していると、やけに低めのトーンで智幸が口を開いた。
「そうなのだ。智幸は恋愛映画が好きなのだ」
「……はい?」
 なんだそのまるでオットーセイくんが喋っているみたいな話し方は。
「いきなりどうした君島。キャラ変わってんぞ」
「君島じゃないのだ。オットーセイくん」
「高熱でも出たか。熱で頭でもイカれたか」
「き、君は失礼なやつなのだ! いまは私……じゃなくて、ぼくはオットーセイくんなのだ。君があまりにぼくのチャームポイントに気づいていないから、智幸の代わりに質問に答えてぼくの魅力を伝えまくってやるのだ」
 なんの茶番だこれは。智幸の顔がすっぽりぬいぐるみに覆われてその表情が見えない。
 しかし、これはこれでレアケースだなと思い付き合うことにした。
「それで君島」
「オットーセイくん」
「はいはい、わかったよオットーセイくん。つーかオットーセイくんってそんな口調だったんだな。すっかり忘れてたよ」
「これを機にぼくの魅力にハマればいいのだ。どうだいこのもふもふボディに、キュートなおひげ。生協に行けば湯呑みからボールペンまで関連グッズいっぱい売ってるからたくさん買ってじゃんじゃん金を落とせなのだ」
「言葉汚ねえから。ゆるキャラみずからがめつさアピールすんな。話戻していいか?」
「どうぞなのだ」
「君島は恋愛映画が好きって話だったよな」
「正確には映画館の宣伝が好きなのだ」
「宣伝? 映画館行ったときに本編はじまる前に流れるあれか?」
「うん! 映画館の宣伝ってすっごく面白そうに見えるよね? 魅力的なキャッチコピー、壮大なBGM、おいしいシーンがダイジェストになってて興味そそられるのだ。もう宣伝だけで満足しちゃうのだ」
「あー、わからないでもないなその気持ちは。で、その映画観に行ったら本編より予告のほうが面白かったってオチはよくあるな」
「あるあるなのだ。でも宣伝で観客に劇場まで足を運ばせたんだから広告としては成功だよ。智幸は世の中に溢れた広告のなかで映画館の宣伝がもっとも素敵だと思っているよ。ちなみに、就職は広告業界を狙ってるのだ」
「へえ、就活への展望はもうあるわけか」
「君は?」
「俺?」
 オットーセイくんの表情でいきなりこちらに話を振られてちょっと戸惑う。
「さっきからずっと智幸の話ばっかりだ。君も話さないとずるいのだ。このオットーセイくんが話を聞いてやるのだ。えへん」
「ゆるキャラに話してどうすんだよ。ていうかまだやんのかよこの茶番」
「ぐちぐちうるさいのだ。オットーセイくんは東星大学生たちの夢を応援する妖精だよ。さっさと話しやがれうじうじ野郎」
 オットーセイくんにかこつけ好き勝手言ってんなこの野郎。
「君はどうしてメディア学科に?」
「……別に面白い話じゃないぞ。飲み会のネタにもならない話だ」
「別にいいのだ。大して期待してないよ」
「そうかい」
 俺は浅く目を閉じた。記憶の底からあの日観たフィルムを取り出して、まぶたの裏に映写する。
「綺麗だったんだよ」
「綺麗?」
「高二のとき、文化祭でたまたま観た映像研究会のドキュメンタリー映像が綺麗だったんだ。春にさ、町工場で働いている職人が小学校に進学する新入生のために鉛筆をプレゼントするんだよ。ただの鉛筆じゃないぞ。桜の枝を加工してくり抜いた中心に芯を入れた、桜の鉛筆。世界で一本だけの鉛筆を子どもたちにあげるんだ」
 春爛漫。落ちた桜の枝を拾って鉛筆にする年老いた職人。プレゼントをもらって幸せそうな笑顔に満ちた子どもたち。舞い散る桜の花びらのなか、ピカピカのランドセルを背負って登校――それぞれのカットが克明にに蘇ってくる。
「上映中はその世界に飲みこまれるようだったんだ。はじめて見た。あそこまで人の心情を大事にした、目に映らない部分を、心を映した映像は」
 人と人が触れあう光景の一コマを撮影者は切り取って、暖かな感情をフィルムに焼きつけていた。
 上映後も鳥肌がおさまらなかった。
 大げさかもしれないけど、あの映像は胸が震えたんだ。この先、何年、何十年経っても俺の脳裏に焼きついて離れないだろう。
「だから大学で映研のカメラマンみたく心を映した映像を撮りたいと思って、この学科に来たんだ。……まだそんな映像は撮れてないけどさ」
 自分で撮った映像を見返すたびあの日の感動にまだまだ届いていないと悔しくなる。なにが足りないのかわからない。テーマか、構成か、被写体か、撮影技術か。それとも、これが撮りたいという情熱だろうか。
 俺はいつか撮れるだろうか。内面の世界を切り取った映像を。
「なんだ、学歴だけじゃないじゃん」
 ひょい、と智幸はぬいぐるみから顔を出して普通に話しかけてきた。オットーセイくんキャラはどこにいったのか。
「その話、こないだの撮影のときに話せばよかったのに。そうすれば笹野さんにも文句言われなかったよ」
「うるせえな。あのときは……いろいろ考えがあったんだよ」
「なにそれ、意味わからないよ。やっぱり君、バカだね」
 白い歯を見せて笑う智幸は、ひょい、と再びぬいぐるみで顔を隠した。
「君が夢見る映像、いつか撮れるといいのだ」
 智幸は――いや、オットーセイくんは夢を見る東星大生をそう応援してくれた。



「そろそろ帰るな」
 配達伝票にサインしてもらって時刻を確認すると、結構長居していたことがわかった。智幸の様子も知れたし、顔色もだいぶよくなっているように見える。これ以上ここに居る必要はない、のだろう。
「風邪は油断すると長引くからな。温かくして寝ろよ。あとちゃんと栄養あるもん食うこと。一応、スーパー行ったときに夜飯分の弁当と明日の朝飯の菓子パンも買っといたから。冷蔵庫の上に置いてあるから。ほかになにか困ったことがあればいつでも――」
 俺に連絡してくれればいいから、とは言えなかった。固定電話どころか携帯すら持っていないじゃないか。
「……真季の携帯に連絡してくれ。俺が必要なら、きっと大学で真季が俺に伝えるから」
 たたきで安全靴を履いていると、「ちょっと」智幸が呼び止めた。「スーパーで買ってきてもらった食材費、まだちゃんと払ってないよ」
「別にいいって。大してかかってねえんだから」
 突然押しかけたのはこっちだ。これぐらいしないと罰が当たる。
 だが、智幸は納得できないのかぶんぶんと首を横に振る。
「よくないよ。ぜんぜんよくない。ちょっとの金額でもお金はお金だよ。ううん、お金だけじゃなくて君の貴重な時間を使わせちゃった。仕事中なのに、面倒まで見てもらって……」
「どうしたよ、やけに殊勝じゃないか」
 ちょっといじわるく片頬で笑ってみせるが、智幸の真顔が崩れることはなかった。
「嫌なんだ。私だけ助けてもらってばっかりで、君ばかり損をしてるのは。それって、なんだか平等じゃない」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「なにか君に返せたらなって思うよ。それで貸し借りなし。体調が万全になったら、私にできることならなんでもしてあげるよ」
 別に見返りを求めているわけじゃなかった。損だってしている気はなかった。俺はゼミ長だからと、これまで海や真季、もしくはほかの堺ゼミメンバーの助けになれることがあったら助けてきた。感謝されても、「別に気にしなくていい」と一言で済ましてきた。だから智幸にもその定型文を繰り返すだけ。
 でも、できなかった。
 普段絶対に見せないルームウェアの格好で、俺だけに瞳の焦点を合わせている智幸を見て、欲が出た。
 それは、きっと純粋な欲じゃない。
 ちらりと、視界の端にチョコレートのように甘いタイトルが並んだBD・DVDが目に入って思いついた。
 映画。いや、それだけだと彼女を気遣っているだけにしか思えないから。
「じゃあ、4DX」
「……4DX?」
「体感型の映画、聞いたことないか?」
「ちょっと耳にしたことあるけど、詳しくは知らないかな。最近忙しくて映画館行けてなかったから」
「えっと、4DXっていうのはシーンに合わせて座席が上下左右揺れたり、会場に煙が出たり、風が吹きつけてきたり、3D映画以上の迫力を味わえるアトラクションみたいな映画――って、俺もちょっと前に知り合いに聞いて知ったんだけどな。で、最近池袋にある映画館が4DXを導入したらしい。メディア学科としては、やっぱり新時代のメディアを体験しておきたいよな」
「……気になる。うん、それ、気になるね!」
「だろ。俺も気になっていてさ。だから、その、見返りっていうなら4DXの料金おごってくれよ。それで、どう?」
 つとめて平静を装った表情を浮かべながらも内心はそうじゃなかった。上がっていく脈拍をおさえて固唾を飲む。
 智幸の反応は――なぜかそばにあったオットーセイくんを顔の前に持ってくることだった。
 え、と呆気にとられる。なんだよその反応。
 オットーセイくんが邪魔して智幸の表情から感情を読み取れない。だがそれは向こうからも同じで、小さな壁が張られているみたいだった。
「――わかったのだ」
 やけに調子外れな声での返答。智幸が手でオットーセイくんの頭をむぎゅっと押さえて頷かせた。
「東星大生の願いを叶えるのがぼくの役目なのだ――なんてね」智幸はさらりとショートの髪を揺らしながらぬいぐるみから小顔を出す。「いいよ。私も興味ある。一緒に行こ。いつにする?」
 鼓動が一段強く高鳴った。
「えっと、できる限り君島に合わせるよ」
「再来週の日曜日とかどうかな?」
「再来週の日曜日は、確かバイト入ってないはず。じゃあ、その日に」
「うん。わかったよ」
 約束を重ねて、俺は玄関ドアの取っ手を回して開ける。春の生暖かい風が吹きこんできた。
 別れ際、ドアに手をかけながら智幸のほうへと振り向く。
「君島、明日のゼミにはこれそうなのか」
「うん。だいじょうぶ」
「真季には連絡返しといてやってくれ。心配してたから」
「うん。電話いれておく」
「じゃあひとまず明日だな」
「うん。また明日」
「じゃあな。体、ちゃんとなおしとけよ」
 智幸は片頬に笑みを張りつけた。
 玄関ドアがガチャリと閉じられる。
 扉一枚はさんで見えなくなったお互いの姿。視界から彼女が消えたことで、うるさいぐらいに高鳴っていた鼓動が少しずつ、ゆっくりと、落ち着きを取り戻しはじめる。
「……とんだ嘘つき野郎だな、俺は」
 休みがちな智幸の様子が気になっていたところ、バイトの先輩が欠勤して、その配達エリアを担当したらたまたま智幸の家に荷物を届けることができた。
 ――そんな話、偶然にしてはできすぎている。
 いや、確かに偶然はあった。それは智幸宛ての荷物があったこと。その点は、神様が背中を押してくれたのかもしれなかった。
 けれど神様の力に頼らなくても今日俺は智幸に荷物を届ける予定だった。荷物なんていくらでもでっち上げられる。適当なダイレクトメール用の通販カタログを、あいつのところまで配達する口実を作ればいいだけだ。
 白状しよう。
 俺は今日バイトなんてなかった。休みだったのだ。
 けれど早朝、ヤマトの制服を着て営業所に出向いた。千石駅周辺を配達しているドライバー数人に君島智幸を知っているか尋ねていったのだ。
 配達のプロであるドライバーの記憶力は凄まじい、というより毎日同じエリアを配っていればどこにだれが住んでいるのか体が覚えてしまうのだ。ドライバーによっては荷物の受け渡しの際に主婦と世間話なども弾んで、その家の家族構成まで熟知している人だっている。
 智幸がどこに住んでいるかはすぐにわかった。
 ドライバーが智幸の家に配達があるというので、そこで俺は自分にやらせてほしいと申し出た。ドライバーはちょっと困ったようだったが、「ほかのエリアの配達も勉強しておきたいんです」なんてうやうやしく頭を下げたらまかせてくれた。
 そして俺は智幸の家に荷物を届けに来たわけだ。仕事だと言って。
 休日潰してまでなにやってんだ。しかも仕事利用して個人情報探るなんて職権乱用もいいところだ。甲斐甲斐しく面倒まで見て、必要以上に手厚く扱っているんじゃないかとみられても仕方ない。
 助けるのはゼミ長だからと智幸には言った。同じ班の仲間の連絡つかなくて、このまま自主休講が続けば今後の撮影に影響が出る。だから智幸の様子を知っておく必要がある。
 けれど本当にそれだけの理由か?
 一点の偽りなく、純粋に、ゼミ長の役目だけで動いていたと言い切れるか?
「…………」
 YES、と答えられない。
 迷いが生じる。
 俺は智幸にどうなってほしいんだ? 智幸にどう思ってほしいんだ?
 自問は止まらない。胸の中の感情の色は、グレーで、中途半端で、曖昧なままだ。
「……一緒に行くんだよな、映画」
 下を向けば制服が視界に入った。
 服、映画観に行くときはちゃんとしよう。まともで、大学生らしい服を。


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