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 ←14話 智幸がいない →16話 【虚】重ねた約束
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青春アメとミエナイ彼女

15話 介抱

 ←14話 智幸がいない →16話 【虚】重ねた約束
    ※


 智幸がいきなり倒れてさすがに焦った。「おい君島! 君島!」呼びかけるが反応がない。
 なにが起きた。一体どうしたんだよ智幸。これ、救急車とか呼んだほうがいいのか? いや、驚いて気を失っただけか?
 失神するほどかよと動揺したものの、そこからの俺の行動は早かった。荷物をその場に置いて智幸を抱え、部屋の中にベッドを見つけたのでそこに横たわらせる――一連の動作はほとんど反射的で無意識だった。
「あ」
 はたと我に返って気づく。女の子の部屋に無断侵入していることに。
 ぐるりと見渡す。桃色を基調とした花柄のカーペットに、同系色のカーテンと脚の低いテーブル。棚の上にはぬいぐるみがいくつかあってオットーセイくんもいた。ハンガーにはブラウスやスカートなど女性ものの服が飾るようにつるされている。掛けふとんには小さなハートマークいくつもプリントされていて、俺が想像している以上に女の子らしいレイアウトだった。
 禁断の花園に足を踏み入れている気がして冷や汗が流れた。
 無防備な智幸の横顔が映ったが、さすがにそこに目を向けるのは反則な気がしてあまりそちらを見ないように意識する。かといって彼女のプライベート空間に視線の落ち着けどころなんてない。
 困った。このまま部屋で待っていていいのだろうか。それとも外で待つべきだろうか。けど、倒れた智幸を放置しておくのはまずいよな。どうする、どうすりゃいいんだ。
 はじめて置かれた状況にあたふたしていると智幸の呟きが部屋に落ちた。「あ……」と長い睫毛をパチパチさせて、視線だけきょろきょろ動かしている。どうやら意識を取り戻したらしい。
「き、君島、目覚めた、のか?」
「――――ッ!?」
 智幸はおっかなびっくりといった様子で、ばさっと顔全体を覆い隠すようにふとんをかぶる。
「ど、どどど、どうしてっ!? なんで君が私の目の前にいるの!?」
「お、落ち着け。この服装見りゃわかるだろ。仕事だ」
「ヤマトの服装で金輪際現れないって言ってた!」
「仕方ねえだろ。荷物配ってくれって頼まれたんだから」
「前に私のところは配達エリア外って言ってた! ぜったい言ってた!」
 非難するような口調だった。これ以上パニックを起こされては困ると、俺はなるべく穏やかに説明した。
「えっと、順を追って説明させてくれ。あのな、先輩が病欠で俺が代わりにここの配達エリアまかされたんだよ。そしたら君島宛ての荷物があったんだ。偶然だよ、偶然。それで荷物持って来たらお前がいきなり気を失って倒れたんだ。わかったか?」
 それを聞いて、智幸が恐る恐るふとんから目元の部分まで顔を出す。
「三浦くんが私をベッドまで運んでくれたの……?」
「あ、えっと……まあ、そうなる、よな」
 いまごろになって気づく。智幸の体に触ったことに。
 正直、早く介抱してあげないとと意識が先行して、智幸の体を抱えたときの、パジャマ越しの彼女の柔肌を両手に感じている余裕などなかった。
 ただ、どうあれ無断で彼女の体に触れたことは事実だ。非難と糾弾の嵐がやってくるなと身構えたのだが、智幸は照れくさそうに顔を染めているだけだ。
「その、変だと思った……?」
「変? なにが?」
 はて、と俺が首を傾げる。
「……気づいて、ない……」
「え、なに? いまなんて言った?」
「な、なんでもないよっ! なにも思わないなら、それでいいよ!」
「なにも思わないっていうか、悪いとは思ってるよ。その、君島に触れて、勝手に部屋の中に入っちゃって……。それでいろいろ怒ってるのかなと思って」
「じゃあ、怒る」
「じゃあってなんだ。じゃあって」
「君が突然すぎたんだ。本当に、突然なんだもん」
 ぶすっとした言い方だが、状況はだいたい飲み込めたのか智幸の声のトーンは少し落ち着きはじめた。
「真季から聞いたぞ。君島、大学に行ってないんだってな」
「……体調崩してたんだ。風邪だと思う」
「あー、やっぱそうか。去年も多かったよ、五月頃に体調崩すやつ。前に俺が言った通りになっちまったな」
「特に最近忙しかったんだよ。バイトとか、課題とか。だってひどいんだよ。雑誌出版論の授業で急に教授がレポート課題出してさ。いきなりはひどいよ、いきなりは。寝る間も惜しんで作業してるときに限ってバイト立て込んじゃって……」
「バイト、なにやってんだ?」
「あれ」智幸が指を差したのは部屋の四隅に置いてあった白い箱。なんだろうと中をのぞきこむと分厚く積み重なった原稿が入っていて赤で校正されている箇所がいくつもあった。
「校正の外部スタッフをやってるんだ。でも毎日仕事があるわけじゃないから、二部にきてからウェブデザインのバイトもやっている。収入はそこまで多くはないけど、直接人と関わらないのはいいなと思って。気を遣わなくて済むからさ」
「けどこうして倒れてたらダメだろ。ちょっと無理しすぎなんじゃないか」
「生活のためだから仕方ないよ。それに今回体調崩したのは仕事と課題がどさって重なっただけだから。もうこういうことがないようにするから、平気」
 智幸の声はいつもよりやせ細っているように聞こえた。目の下にはうっすらと黒い影までできている。
 風邪をこじらせて、だれの力も借りるわけでもなくひとり寝込んでいた。仕事だってひとりできっと黙々とやっているんだろう。
 ……ひとり、ひとりか。ちゃんと栄養のあるもの食っているのだろうか。智幸の抱きかかえたときの感触は覚えてないけど、すごく軽かった気がする。
 言葉にできない感情が胸の奥に湧き上がって俺は立ち上がった。
「荷物、玄関に置きっ放しだけど部屋の中に運んでいいか」
「え、いいよ。あとで自分で運ぶから」
「結構重かったぞ。まだ体調万全じゃないみたいだし運ぶの大変だろ。俺が運んどくよ」
「……じゃあ、キッチンに、冷蔵庫の前に置いといてほしいかな」
「わかった。あとは?」
 あと? と智幸が小首を傾げてる。
「俺にできること。まだあるだろ。そうだ、飯は食ったのか?」
「え? まだ、だけど……」
「風邪のときはやっぱ消化しやすいものがいいよな。だとしたら……うどんだよな、やっぱ。君島、冷蔵庫の中に食材とか入ってる?」
「あ、えっと……、三ツ矢サイダーしか入ってない、かと」
「ぷっ。お前、ホント好きだな三ツ矢サイダー。じゃあ、いまからスーパーまで食材買ってくるから。あとでキッチン借りるぞ」
 俺が部屋から出ようとすると「ちょ、ちょっと待って!」と智幸の焦った声が背中に飛んできた。
「君、いま仕事中でしょ! まずいよ。車で荷物とか運ばなくちゃいけないんでしょ」
「違えよ、君島。俺みたいな下っ端バイトは車じゃなくて台車で運ぶんだ。繁忙期はドライバーの横について手伝ったりもするけどな。あのときはアゴで使われてさ、団地とかエレベーターないから超キツイの」
「そ、そうじゃなくてさ。私が言いたいことは、えっと、だから、これから配達があるのに私に構っていたらまずいってことだよ」
「一応、俺の分の荷物は君島のところで終わり。あとはほかのドライバーが配達するから。そんなことよりうどんでいいのか? なんか食えないものとかある?」
「えっと、ない、けど……」俺の顔色をうかがうように智幸は言った。「どうして、そこまでしてくれるの?」
「ほっとけねえだろ」
 智幸の細い眉がぴくりと反応してそのまま硬直する。妙な間ができて、その間になんだかそわそわして俺は付け加えた。「同じ班のやつが困ってたら助けるのもゼミ長の仕事だろ。……まあ、迷惑なら帰るけど」
「迷惑って、わけじゃ……」
「じゃあ、行ってくるから」俺はたたきに置いてあった靴を足に引っかけて出ようとした。
「待って」智幸に再び制止させられる。「うどん、麵はあると思う。君が運んできてくれた荷物に入ってるはず。実家、香川でさ、お母さんうどん送ってくれたと思うから」
「へえ、君島の地元って香川なんだ。うどんの本場じゃないか。わかった。じゃあ麵以外の食材買ってくるな」
 またあとで、と俺はアパートを出て近くのスーパーへと急いだ。



 スーパーで食材を買って再びアパートに戻ると、智幸があらかじめ調理道具をキッチンに用意していてくれた。休んでいて構わないのに。
 パジャマ姿だった智幸はカラフルなボーダーの入ったパーカーとパンツに着替えていた。寝癖も直っていて、俺の前でも平気で顔を出すということはたぶんメイクもしたのだろう。だろう、と推量なのは前髪で隠れていたせいでノーメイクの素顔はちゃんと見てないから違いがわからないのだ。
 部屋も軽く整理したのか、飾られていた女性ものの服は片付けられていた。
 智幸の母から送られてきた荷物の中身は確かにうどんだった。どうやら智幸の好きな製麺所のかけうどんらしく、パッケージに梱包されたセットが四ケースも入ってた。
 俺はコンロに火をかけて鍋を沸かした。他人のキッチンは勝手がわからなくてどうにも使い辛く、手際はあまりよくない。
 緊張だってしていた。猫のイラストの入ったまな板や蓋をするとパンダに見える鍋、可愛らしいキッチン道具を手にすると女の子の部屋にいるんだと再認識して動き硬くなる。
 俺が調理している一方で、キッチンから扉一枚はさんだ部屋で智幸は電話していた。携帯を充電して復活させたのだ。「お母さん」と言っていたから相手は母親だろう。耳をそばだてているわけではないが、断片的に智幸の声が聞こえた。「荷物、届いたよ。ありがとう」「え、茶封筒に?」「夏休み? 帰省しても、お父さんとは会い辛いよ。ちゃんと髪整えてこいとかうるさく言いそうだもん」「二部にはちゃんと通ってる」「がんばってる、うん、無理のない程度にね」「うん、うん、私は……元気だよ」
 最後の君島の言葉を聞いて、強がりだな、と口には出さず思うだけに留めておいた。
 智幸が通話を終えたときに、ちょうど俺もうどんを作り終えてお盆に乗せてテーブルの上まで運んだ。
「ほら、月見うどんな」
 緊張したせいでちょっと手こずったが、悪くない出来栄えだ。半透明なかけつゆから湯気が立ち、こしの強いうどんの上に浮かぶのは刻んだネギと半円のかまぼこ、そして月のような黄身。テーブルの上に差し出した月見うどんを見て智幸はのどを鳴らしていた。
「……意外。おいしそう。君、本当に料理するんだ」
「疑ってたのかよ。ほら、冷める前に食っちまえよ」
 いただきます、と智幸は味を確かめるようにうどんをちゅると一本すすった。すると、ぱぁっと目が輝きだしてちゅるちゅると箸の動きがスムーズになる。
「おいしい! さすが香川のさぬきうどんだね」
「褒めるのそっちかよ」
「このもちもちな食感と歯ごたえはいつ食べてもほっぺた落ちちゃうよ。料理の腕以前に素材がよすぎるね、素材がさ」
「素材を生かすも殺すも調理した人間次第だ」
「うどんなんて茹でるだけなのになに偉そうに言ってるんだか。私が作ったらもっとおいしくなるかもね。ふふん」
「よしわかった。じゃあこの月見うどんは没収させてもらう。俺が食う」
「あ、ちょっとダメ! ダメだよ! もう。ちょっと言っただけで怒るんだから。短気だ、君」
 軽口を叩きながらも智幸は次々に麵をすすっていく。そして小さな両手で丼を持ってつゆにふっーと息をかけてから飲んだ。
「あったかい」
 そんな当たり前なことを、どこか嬉しそうに漏らした。
「ねえ、君どうしてさっきからずっと立ってるの? 座ればいいのに」
「そ、それは……」
 女の子の部屋に腰を落ち着けるなんてできなかった。なるべく平静を装っているが、正直、いまも血圧が上がりそうなほど緊張しているのだ。ましてやいまは会社の服装だし、清潔にしているが、ズボンを床につけると汚してしまうような気分になる。
「た、立っていたい、気分だから」
「くすっ。なにそれ。変なの。じゃあ、立っているついでに風邪薬取ってくれないかな。そこの棚の上に置いてあるから」
 君島はぺろっと月見うどんを食べ終えた。食欲はあるみたいでよかった。
 棚の上に乱雑に置かれた薬は数種類あってどれが風邪薬か迷った。適当に手を取ってみて……『リーゼ』ってのは違うよな? もしかしてこれぜんぶ風邪薬? 数種類飲むものなのか? 風邪をひいたことがないからよくわからん。
 と、よく見れば『風邪薬』と書かれている市販のものがあった。それと水を君島のところに持っていく。
「あ、そういえばダンボール開けたとき『智幸へ』って書かれた茶封筒が入っていたぞ。勝手に触るとまずいと思ってそのままにしてあるけど……」
「お母さんからだ」
 薬を飲んでから思い出したかのように智幸はダンボールから茶封筒を持ってくる。手紙だろうかと思っていたけど、封が開けられて出てきたのは紙幣だった。一万円札が、一枚。
 金。厳密に言えば、宅配便で現金を送ることは禁止されている。いちいち咎めるほどのことでもないかもしれないが、配達業に就いている人間として一応注意しておこうとして――茶封筒からなにかこぼれた。ひらひらと舞ってテーブルの落ちたのは紙片だった。
 ――これでおいしいもの食べて。少なくてごめんね。
 短文のメモ。智幸の母親からなのは予想がついた。
「前はさ、お母さん私の口座に仕送りしてくれてたんだよ」
 智幸は落ちたメモを拾って母親からのメッセージをじっと見つめる。
「それも結構な額でさ、生活費だけじゃなくて学費もある程度まかなえるほど。でも、お父さんにバレちゃって仕送りストップ。通帳とかカードとか全部握られちゃったんだって」
「どうして父親にバレると仕送りが止まるんだ? 家族なのに――」
 言いかけて、無思慮な発言だとすぐに言葉をのみ込んだ。家族だからって必ずしも良好な関係を築いているというわけじゃない。
 それでも、智幸はあっけらかんとした口ぶりで教えてくれた。
「お父さん、私が上京することに反対だったんだよ。出ていく最後の日まで喧嘩しちゃってさ、もうガラスの灰皿まで飛び交うような、すっごい喧嘩。『お前なんか勘当だーっ!』って近所迷惑になるくらい叫んで、恥ずかしいったらないよ。最後の最後まで上京を許してくれなくて、結局家出するみたいに上京したんだ」
 一万円札とメモを茶封筒に入れ直し、テレビボードの引き出しに大事そうにしまう。そして小さく頭を下げていた。
「お母さんはね、優しいんだ。私のこと理解してくれるし、こうしてお父さんの目を盗んでこっそり荷物送ってくれるし。でもうちのお父さんは絵に描いたような頑固で、亭主関白で、イメージはあれ、巨人の星の星一徹みたいな人。病気するのは心が弱いからだとか、どんな障害も強い気持ちさえあれば乗り越えられるとか、時代錯誤のトンチンカンで、なんていうかな、私をちゃんと見ようとしない人。で、家出娘にやる仕打ちが兵糧攻めときたから笑っちゃうよ」
「兵糧攻め?」
「仕送り打ち切りのこと。お金がなくなれば大学辞めて実家に戻ってくるって思ってるんだよ。『お前はうちに入ればいいんだ』って口うるさくてさ。もうヤになっちゃうよ」
 悪い人じゃないんだけどね、と智幸は呆れたように微笑んだ。
「心配なんだろ。娘がひとり東京で生活するのが」
「お母さんも似たようなこと言ってた。お父さんは私を手元に置いておきたいんだって。厳格の裏返しは過保護、みたいな。うちは香川で小さな旅館やっててさ、お父さんうちで働けばいいって言うんだよ。働いている人たちはみんな小さい頃から私のことを知ってるし、東京の冷たい人間に苦しめられることもないって。ふふっ、むかしの人ってどうして東京の人=冷たい人なんだろうね」
 おかしそうに半笑いする智幸。唇を横に広げながらも、その瞳はどこか物思いに耽るような感じがあった。
「……東京の大学にこだる理由があるのか?」

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