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 ←10話 【企画会議3】Girls On Film →12話 撮影開始
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青春アメとミエナイ彼女

11話 条件

 ←10話 【企画会議3】Girls On Film →12話 撮影開始


「…………」
 無理だ。そう簡単に聞けたら苦労しない。
 仮にいま勇気を振り絞って聞いたとしても、智幸はちゃんと答えてはくれない気がする。
 だって、あの屋上は間違いなく〝特別な時間〟だった。
 夢のような。映画のような。
 けれど、〝特別な時間〟は中途半端に途切れた。俺の告白紛いのカットが終わって、次は智幸のカットに移るのだろうが、そこでぷつりと終わってしまった。
 いつカットの続きがあるかわからない。下手したら未完の自主制作映画みたいにもう二度と訪れないかもしれない。でも、もし続きがあるなら、その〝特別な時間〟で智幸はちゃんと答えてくれる気がした。
「そこのパンナコッタ、おいしいんだよね」
 会話の切り出しは智幸からだった。俺のトレイに乗った乳白色のパンナコッタを羨ましげに見つめている。
「パスタも美味しいけど、セットでついてくるパンナコッタがほっぺ落ちちゃうほど絶品でさ、カレーにしようかパスタにしようか最後まで迷ったよ」
 何気ない、大学食堂のどこにでもありそうな普通の話。その普通がなんだか心地よくて、俺の口調も自然となめらかになった。
「二部での学生生活は慣れたか?」
「まだ、ちょっと落ち着かないかな」
 智幸は桜色の唇でマンゴーラッシーのストローを咥え、ちゅるるると飲んだ。
「授業が夜になったからバイトの時間増えたのはいいけど、仕事して大学通って、七限まである日は帰ったら二十二時前ぐらいでしょ。ご飯食べてお風呂入って、なんだかんだやってたら、もう寝る時間で、また起きて仕事して……なんだか目まぐるしいよ」
 仕事と学業に追われて毎日忙しいのは、わかる。
 去年の四月、ほかの二部生もそういう状態のやつが結構いて、五月の長期連休になると体調を崩すやつが多かった。休みが続いて張り詰めていた気が一気に抜けたのだろう。
「帰ったら夜も遅いから自炊する体力も気力もなくなちゃって、だから食堂にはお世話になってる。君は自炊とかする? というかできる?」
「できるに決まってんだろ。学食は安いとはいえ、毎日頼ってばかりだと節約できないしな」
「へぇー、料理する姿とか想像できないな。包丁で自分の指切って出血してるイメージは湧くけど」
「馬鹿にすんな。中学のときからやってんよ」
 母親が家にいないことがほとんどだったからな――とは口にしなかった。
「そういう君島こそ、料理とかすんのかよ」
「近所のお菓子教室に通ってる」
 すげえ。本格的だった。
「郊外の閑静な住宅街にある、ジブリの映画に出てきそうな個人でやっている小さな教室。ステラおばさんみたいな先生に教えてもらって、甘々で熱々でさくさくなアップルパイを焼いてる。予定だった」
「予定かよ! 全部お前の妄想かよ!」
「う、うるさいな。予定は未定でしょ。二部にきてからバイトと勉強でそんな暇はなくなっちゃったんだ」
 ちぇ、と智幸は不景気面でナンをむしゃむしゃ食べながら「エプロンしてお菓子作るとか、素敵だなって思ったのにさ」とぼやいていた。
「君島ってひとり暮らしなのか?」
 いつもより会話が活発な気がした。だから、ちょっと彼女の内側部分に足を伸ばした。
「そうだよ。千石駅の近く。大学から歩いて帰れるところ」
「大学から距離が近いっていいよな。歩いて帰れれば定期代もかからないし」
「そう、なんだけどさ。夜にひとりで帰るのは真っ暗だからちょっと不気味。一部にいたときは、明るい時間に帰れたから」
 智幸の声のトーンは若干下がっていたように聞こえたけど、一瞬ですぐに調子を取り戻して「そのうち慣れるよね」と片頬に笑みを張り付けていた。
 そっか。男の俺は意識したことなかったけど、女の子が深夜ひとりで歩くのは怖いと思うよな。海も時間があるときは真季を送っていくって言ってたっけ。
 でも、それならなおさら思ってしまう。
 どうして智幸は二部に来たんだ?
 そんな疑問を聞こうとしたそのとき、妙な賑やかさが耳に伝わってきた。食堂でよくある談笑とは違う、ちょっとした騒がしさが孕んでいた。
 声がするほうに視線を向けると撮影機材を担いだ学生の集団がいた。数にして四人。派手な金髪に染めた女子学生がリーダーなのか、中心となって仕切っていた。
 俺は目を細めた。あのカメラ、メディア実習室にある業務用ビデオカメラだ。テレビ局が撮影などで使うプロ仕様。利用許可が下りるのはメディア学科の学生だけだ。二部では見たことない顔だから……たぶん一部メディア学科の学生たちだろうな。
 何年生だろうか? もし俺たちと同学年なら、この時期の撮影は堺ゼミぐらいなものだと思うけど。そういえば教授が一部の学生たちが食堂のPR映像を制作すると言っていたっけ。もしかしたらその人たちか。もう撮影に入ってるのか? だとしたら一部は早いな。
 三脚を立て、カメラをセットして、時折笑い声が響いて。わいわいと明るい雰囲気で撮影準備をしている彼ら彼女らの姿がキラキラしていて眩しく映った。
 太陽が上っている時間に授業受けて、授業後にはゼミの活動を楽しんで、きっとサークルとかにも所属してて――なんてことはない。よくある、青い春に包まれた普通の大学生像だ。
 ――普通。
 ……楽しそうだ。
 俺がぼんやりと遠目で眺めていると金髪の女子学生がこちらに振り向いた。撮影の輪から抜け出して、カツ、カツ、とヒールの踵を鳴らしながらこっちに向かって歩いてくる。
「あのー、ちょっと頼みがあるんですけどぉ」
「え、俺ですか?」
 ちょっとびっくりした。まさか声をかけられるとは思ってなかった。
「二年のメディア学科に所属してる鈴木果歩って者ですけどー、果歩たちはPR映像撮らなくちゃいけなくて食堂を撮るんですよー」
「はあ」
 鈴木果歩と名乗った金髪はどこかほわほわした口調で、おとぎの国からやって来たような不思議さがあった。服装は白のキャミソールにミニスカートと露出度が高い服装で、スカートから伸びた脚線美がスタイルの良さを物語っていた。一言で言えばかなりの美人。ただ、一人称が自分の名前ってのはいかにも自分で自分のこと可愛いって思ってそうな印象があって、ちょっと敬遠した。
「それでぇ、洋食屋を背景に食事ができるその席を使いたいので、ちょっと退いてもらえると――」
 鈴木果歩は言いながら横を振り向いて「あ」と驚いたように細い眉をぴくんとつり上げた。
「智幸……? 智幸じゃん!」
 一瞬で俺の存在が鈴木果歩の眼中から消える。「わあっ、智幸ー!」と甲高い声を上げながらウサギみたいにぴょんぴょん跳ねて智幸のほうに近づいた。
「久しぶり! ホント久しぶりだぁ! やーまさかこんなところで会えるなんて思ってなかったぁー! 最近見ないと思ったら夜に転部したって噂で聞いたけど本当? こんな遅くにご飯食べてるってことはそうなんだよね。元気してた? ねえ元気してた?」
 鈴木果歩の表情は明るく、旧友に接しているような態度だった。
 なんだ友達か。そう思って智幸のほうを見た瞬間、違和感を覚えた。
 智幸の顔面が冷凍庫に放りこまれたみたいに凍りついている。無表情で、唇がきゅっと一文字に結ばれている。
「……久しぶり」
 絞り出すように、智幸が挨拶する。しかし覇気がまるでない。瞳が揺らいでいる。
 智幸? どうしたんだ?
「二人はどういう関係?」
 置いてきぼりが嫌で俺が二人の関係を聞くと、答えたのは鈴木果歩だった。
「あ、果歩たちのことですかぁ? 果歩はね、智幸と昨年度一緒のゼミだったんですよー」
 一部のときの友達。鈴木果歩の明け透けな表情に嘘をついている様子はない。ないのに、智幸はやけに身構えてどこか態度がよそよそしい。なんだか一歩引いている感じだ。
「そこのあなたは智幸とどういう関係ですかぁ? 智幸と一緒にご飯食べてたけど……えっと、この場合は――」鈴木果歩はなにか確かめるように智幸のほうを一瞥して「もしかして彼氏?」
「げほっ!」
 飲みかけていたアイスティーを盛大に吹き出しそうになった。
「か、かかか、彼氏とかじゃなくて!」
「あははっ、動揺しすぎですよぉー。いいですいいですごまかさなくてもー」
 とんでもなく誤解されている。
「俺と君島は一緒のゼミ! 同じ堺ゼミなだけ!」
「あ、堺ゼミなんだ。果歩も堺ゼミだよぉー」
 同い年とわかるといきなりタメ口となった。別に文句があるわけじゃないけど、この手のタイプはどうにも会話のペースを握られて苦手だ。
「でもそっか、なるほどねー」
 鈴木果歩は向い合って飯を食っている俺と智幸を見て、ニコリと微笑みかけた。
「そうであっても、私はいいと思うけどな」
「…………」
 急に智幸は食べかけのナンカレーが乗ったトレイを持って「三浦くん、あっちに行こ」とそそくさと移動しようとした。まるで逃げるみたいに。
 智幸のやつ、やっぱり変だ。友達が単に挨拶しているだけなのに。
 過剰反応気味な態度がどうにも引っかかる。確かに鈴木果歩はちょっと変わっている子のように見えるけど……。
「ちょっと待ってよ智幸」鈴木果歩が智幸の前に回って呼び止めた。「久しぶりに会ったんだからさ、もうちょっとぐらい話そうよ」
「そっちが撮影あるから退いてくれって言ったんじゃなかったっけ」
「そう! 果歩たちこれから撮影なんだぁ。いまからPR映像撮るの。どんなPR映像撮ると思う? ねえ、どんなのだと思う?」
 しばらく無視していた智幸だったが、話しかけなければ逃してくれないことを悟ったのか、うんざりした様子で聞いた。
「どんなPR映像をやるの?」
 よくぞ聴いてくれたと言わんばかりに鈴木果歩は目を輝かせた。
「ドラマ風の食堂紹介だよぉ。ただの食堂紹介じゃ面白くないから、もしも彼女と食堂に行ったら~って感じでストーリー仕立てになってるのー。カメラに映るのはヒロインだけ。で、カメラワークを一人称視点にして、あたかも観てくれる人が主人公になってヒロインと食堂で食事している気分になれるの。うふふっ。ね、面白そうでしょ」
 なるほど、とちょっと感心してしまった。
 アイドルが出すビデオでその手のものがある。アイドルがひたすらカメラ目線で話しかけ、画面の視聴者とあたかもデートしているような気分にさせる。その手法を組んだものか。
「でもそれって男ウケしかしないんじゃないか?」
「もちろん女性向けヴァージョンも作るよ。さっき話したのと真逆で、出演は男だけって映像。でも今日はヒロインの撮影。でね、それでね、ヒロインは果歩なの!」
 鈴木果歩はどこぞのファッションショーに出ているかのようにそれらしくポーズを決めて、くるりと回った。
「どう、似合うかな」
 天井の照明を浴びて金に輝く鈴木果歩の長髪。キャミソールからあらわになった鎖骨は蠱惑的で、透き通るような瑞々しい脚は扇情的だった。背は高く、モデルようにすらっとした体型は様になっていた。
「撮影のためにね、美容院に行ってきたばかりなんだ。結構高かったんだよ、これ。いいでしょ?」
 鈴木果歩が同意を得ようとしていたのは智幸だった。
「ちょっと大胆かなと思ったけど、果歩気に入ってるんだぁ。どうかな?」
 智幸は伏せ目がちだった。キラキラした眩しいものから目を背けるように。
「果歩、ヒロインしているでしょ」
 それでも鈴木果歩に顔をのぞかれるように迫られる。痛切さに耐えるように、智幸は下唇をきゅっと噛み締めていた。
 第三者の俺は、そんな二人の様子を黙って見つめているだけだった。
 やっぱり智幸がやけにびくついているのが俺にはよくわからなかった。ただ知り合いが声をかけただけじゃないのか。
 いや、智幸と鈴木果歩の関係なんてろくに知らない。そもそも、昨年度こいつがどういう気持ちで一部に通っていたかもわからない。わからないことだらけだ。
 だから俺には智幸にかける言葉がなくて、やはり沈黙するしかない。
 そう、思っていた。
 ――智幸が、上を向いていた。
 一瞬。時間にして一秒、いやもしかしたら一秒にも満たないぐらいの瞬間。智幸の目線は確実に天井へと向いた。
 脳裏に閃光が落ちた。
 まぶたの裏にフラッシュバックした映像。気のせいかもしれないが、錯覚かもしれないが、いまの映像と一週間前の映像が重なった。陽気な鈴木果歩に迫られる智幸が、俺と阿藤との光景に酷似しているように映った。
 胸がざわついた。
「そうだね、鈴木さんはヒロインっぽいよ」
 智幸は、微笑んでみせた。
「似合うと思うよ」
 作り笑いだった。不格好な笑みを顔面のあちこちに張り付けたような、そんな微笑。
 ふいに、雨音が聞こえた。
 実際にここは地下で、今日は快晴で、雨音なんて聞こえるわけがなかった。それでも、しとしと小雨が降ってきたのが見えた。智幸にだけ、雨が打ちつけていた。
 ああ、やっぱり同じなんだ。
 俺にだけ降ると思っていた雨は、智幸にも降っている。
「でしょでしょ! 似合うでしょ! ね、智幸も堺ゼミでしょ。どんなPR映像作るの? ねえ、智幸はなにやるの?」
 鈴木果歩の口調は悪意というより、単なる無邪気な振る舞いに見えた。だけど悪意以上に無邪気さが残酷なこともある。
「私の役割は、違うよ。ヒロインとかそういうのじゃないから」
 なんだか申し訳なさそうに、智幸は微笑を張りつける。声がかすかに震えているように聞こえた。
 いよいよ本降りになってきた。ざあざあと強い雨脚が顔面の筋肉を引きつらせて微笑む智幸を濡らしていく。明るさを装った表情とは裏腹に、寒いのか両肩がかすかに震えている。カタカタと震動がトレイまで伝わっている。下手したら落としそうだ。
「じゃあ具体的にはなにやるの?」
 今日に限って智幸のやつはみずから傘を差そうとしやがらない。他人が濡れないようにはできるのに、自分は濡れないように差せないのかよ。
 やっぱり智幸のことなんていまの俺にはまだわからない。
 わからないけど、感じる心はあった。
「――自分たちを撮るんだよ」
 声に芯を通して、俺は言った。
「俺がカメラマンでさ、夜間大学に通う二部の連中を撮るんだよ」
「二部の人たち?」
「一部の連中は知らねえと思うけど、うちの連中はどいつもこいつも癖があるやつらばっかでさ、そいつら撮ったら面白いことになるんじゃねえのって思って。そういう連中を映像にしようと考えたんだ」
 俺は右手で自分のトレイを持ちながら智幸のそばに近寄って、彼女が華奢な手で握っていたトレイを空いている手でひょいと持つ。智幸はちょっと驚いていたが、なにも言わず俺にまかせた。
「ホント、変なやつばっかでさ。たとえばそうだな、いつもバカみたいに笑っているバカとか、コーヒー大好きでコーヒーメーカー持参してくるやつとか、あとは……そうだな、ヤマトの作業服着ながら授業受けてる野郎とか」
 ハッ、と自嘲した。歪んだ唇で笑っていたと思う。
「なんの罰ゲーム受けてんだって話だよ。ははっ、笑われても仕方がねえよ。おかしいだろ」
 智幸にしか関心がなかった鈴木果歩の視線が俺に向いた。
 雨が、俺にも降りはじめる。
 自虐的になって笑われようとするなんて、自分でもバカなやり方だと呆れる。器用なやつはもっとうまい言い回しをするのだろうが、不器用な俺は智幸以上に雨を浴びて、ずぶ濡れになって注目を浴びるしか方法が思い浮かばなかった。
「ほかにもいろいろ濃いやつがいて、だからうちの映像には主役とかそういった役割はないんだ。脚本とか別にないから、どの役が一番おいしいとかじゃない」
 でもさ、と俺は逆接でつなげる。
「俺は同じゼミのやつのことをほとんど知っていて、知らないのは君島ぐらいなんだよな。だからたぶん一番撮って面白いのは君島で、それは自分にとって中心で、いやきっと海や真季にとっても興味の対象で、だから――」
 だから、もし、智幸を撮れるなら、それはきっと――
「ポジションに当てはめて喩えるなら、メインヒロインなんだよ、こいつ」
 両手にトレイを持ったまま、俺は鈴木果歩に背中を向けた。
「じゃ、撮影の邪魔しないよう俺たち退くから。行こうぜ、君島」
 智幸は惚けたような顔つきで俺の言葉が右耳から左耳に流れていた。「ほら、別の席を探すぞ」と再度言って「う、うん」ようやく気を取り直し、俺の後ろをついてきた。
 一部の撮影場所から離れて、ぶらぶらとほかに空いているテーブル席を探していると智幸は俺の横に並んだ。
「だいじょうぶだよ」
「なにが?」
 俺が聞くと、智幸はちょっとの間を置いて答えた。
「トレイ持てるから、だいじょうぶ。自分で持つよ」
「そうかい」
 君島にトレイを返すとしっかり両手で握りしめていた。
「ねえ」
「なんだ」
「鈴木さんはね、一年のときゼミで一緒にいることが多かったひとりなんだ」
 智幸はわざわざ説明してくれた。俺が内心で気にしていることが伝わったのかもしれなかった。
「ほわほわしてるけど、なぜか微妙に察しのいいところもあって、リーダー的で、性格が明るくて、悪い人ではないんだと思う。ただ、私がちょっと苦手なだけ」
 それ以上、智幸は鈴木果歩についてなにも言わなかった。
 だから俺もそれ以上は聞かなかった。
 気にならないわけじゃなかった。聞きたいことはあった。
 けど、もし思ってもないことを聞いて無意識に智幸を傷つけて、またあんな作り笑いをさせるのは嫌だった。
「ねえ」
「どうした?」
「席、いいとこ空いてないね」
「中途半端に二人掛けは埋まってんな」
「ねえ」
「いい席見つけたか?」
「私でよければ撮っていいよ、PR映像」
 トレイを盛大にひっくり返しそうになった。一度宙に浮いた皿たちをしっかり着地させる。
「え、ちょっ、え、マジか!?」
 あまりの不意打ちに困惑した。いきなりどうして? なんで気が変わった?
「だけど、出演するには条件があるんだ」
「条件?」
「君も出演すること」
「は? 俺も?」
 息が詰まった。
 三浦九という人間を、映像を通して伝える。本名を伏せて鈴木果歩に説明したさっきとはわけが違う。
 身震いした。
「いや……いやいやいや! 俺が出演したらカメラマンどうすんだよ。ないない、俺の出演とかないから!」
「カメラ、私扱えるよ。ていうかメディア学科なら一年のとき撮影機材の扱い方は習ってるでしょ」
「実習の成績、俺はA判定だったんだ。俺のほうがカメラをうまく扱える」
「私、S判定だったよ」
 ぐうの音も出なかった。
「二部堺ゼミの人たちを撮るんでしょ。だったら君だけ逃げるなんて許さないよ」
「けど……」
「あと条件がもうひとつ」
「まだあるのかよ」
「これはすぐ終わるよ」
 そう言って智幸は、俺のトレイの上に乗っかっていたパンナコッタをひょいと取った。
「食べたかったんだ。ありがたく頂くよ」
 智幸はショートの髪を弾ませながら軽やかな足取りで空いている席を探しに先を行く。
 パンナコッタをあっさり奪われたのは、俺が油断していたからだ。
 だって、智幸が屈託なく笑っているとこをはじめて見たから。

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